蒼の光 × 紫の翼【完】
「ケヴィさん!」
わたしは診療室のドアを勢いよくバタンッと開け放ってケヴィさんを探した。
シリウスからなんとか降りて、慣れない乗馬で足取りがふらふらとしていたけれど地下へと降りた。
会ったみなさんはわたしの瞳の色を見て驚いていたけれど、口々にわたしの名前を呟いていた。
……けれど、誰もコナーとは呼んではくれなかった。
カノン様、や、紫姫、としかわたしを見て呼んでいなかった。
わたしは悲しく感じていたけれど、あえてみなさんを無視して一目散に診療室まで走った。
道中ニックさんとリックさんを目にしたけれど、二人ともわたしに声をかけてくれなかった。
……わたしはもう庭師には戻れないんだ。
二人の態度を見てわたしは確信した。
わたしはあきらかに場違いな人間。
紫姫が畑仕事をしたり牛の見張りをしていたりしていたなんて、誰が聞いてもおかしいと思うだろう。
前代未聞なことだから。
わたしはみなさんの態度に泣きそうになりながら走りまくったのだった。
「……うるさい。ここは病人がいるところなんだぞ。寝ている人もいる」
「あ!ケヴィ……さん。すみません」
思っていたよりもケヴィさんが近くにいたから思わず声をあげたけれど、言われたことを思い出して声のボリュームを下げた。
ケヴィさんのもとに近づく。
「おまえ、どうして戻って来たんだ。そんな泣きそうな顔をして」
「だって、頭の容態が良くないって……」
「……今は安静に寝ているが、さっきまでうなされていた。呼吸がうまくできていないんだろう」
「そんな……」
前にあるベッドに寝ている頭の顔を覗きこむと、うっすらと汗をかいていた。
わたしは近くにあったおしぼりで拭ってあげる。
「で、どうしてここに来たんだ。カイルたちには止めらたんじゃないか?」
「……逆に置いて来ました二人のことは」
「置いて来た?」
わたしは怪訝そうな顔をしているケヴィさんに、二人を説得したことを説明した。
椅子に座っているから平気だけど、もし座ってなかったらしゃがみこんじゃうだろうなきっと。だって足がガクガクなんだもん。
ケヴィさんが説明を聞いたあと何やら考えているようだったから、そんな関係ないことを思って気を紛らわせた。
……なぜなら頭がぴくりとも動かないからだ。
寝返りをうたなければ、息づかいも聞こえない。
辛うじて布団が上下しているのがわかるから安心できるけど。
……でも、虫の息みたいだ。
「おまえ、ここに来て悲しくなったんじゃないのか?だからさっき泣きそうな顔をしていたんだろう?」
「……」
「黙認、か?」
「……」
「やはりな。カイルたちもそのことを気にして、表だって行くとは言わなかったんだろう。おまえはもう庭師ではないのだからな」
「……わかってます。身に染みて痛いぐらいわかってます。ニックさんやリックさんでさえ、わたしに今までの人懐こさのある眼差しを向けてくれなかったんですから」
「カイルたちは、おまえが落ち込むと思って行けとは言わなかったし、行こうとも言わなかったんだ。
あいつらなりの優しさだ」
……でも、わたしはそんなこと望んでいない。
「でも、カイルさんたちにとっても大事な人ですよね?頭は。
この状態を見て同じことが言えるんでしょうか」
「……俺でもおまえは行かせない」
「なんでですか!わたしは確かに紫姫ですけど、わたしにだって自由があるはずでしょう?なんで誰かの許可とかがいるんですか!」
「そう、むきになるな……頭に悪い」
「……すみません」
わたしにだって自由があるのに、どうして誰かにしてもいいよ、してはいけないよっていちいち言われなきゃならないの?もうわたしは、子供じゃないのに!
わたしがイライラを抑えられないでいると、ケヴィさんが諭すように言ってきた。
「おまえは命を狙われているんだぞ?自覚しているのか」
「してます」
「いいや、おまえはまだ意味をわかっちゃいない。おまえは護られる存在なんだぞ」
「……カイルさんに言われました。何があっても護るって」
「だろ?護りたいものがうろちょろと動き回っていたら、護れるものでも護れなくなる。
護れなかったときって言うのは、おまえが死んだときだ」
「……」
「おまえは殺されたいのか?誰がおまえをつけているかわからないんだぞ?誰も知らないところ、知らないときにひとりで死にたいのか?」
「……もう、嫌なんです」
「何がだ?」
「自分の知らないところで死んじゃうのが」
「それは俺たちも同じ気持ちだ」
「わかってます。わかってるんですよ……」
そう。その気持ちはわたしはすでに経験済みだ。わたしだってカイルさんたちがわたしの知らないところで息絶えてしまったら、おかしくなってしまうだろう。
……もう、経験済みなんだ。
「ケヴィさん、わたしの懺悔を聞いてください。と言うより聞いてほしいんです」
「……ああ」
わたしはずっと誰にも言えないでいた過去がある。
わたしがちょうど、小学4年生のときだ。