蒼の光 × 紫の翼【完】
わたしは当時、海に近いところに住んでいた。
家でも学校でも、目の前には海があった。
わたしの小学校ではウサギを飼育していた。
ちょうどその日、わたしはウサギ小屋の掃除当番だった。
二人一組で普段は受け持つけれど、生憎もうひとりは風邪で欠席をしていて、わたしはひとりで掃除をしていた。
友達に手伝って、と頼んだけれどみんなに断られた。みんなはこの掃除当番をめんどくさいと思っていたからだ。
わたしはもともと動物が好きだったから、ひとりでやっても苦には思わなかった。
なんだ、ひとりでもできるじゃん、とか思いながらウサギを全部小屋から出して外の柵で囲まれたスペースに入れた。
どこかからトンビの鳴き声が聞こえた。
わたしはそんなことを気にせず、掃除に没頭した。
トンビの鳴き声が近くで聞こえたと共に、風を切る音も聞こえた。
わたしはそれも特に気にせず、掃除をやりきった。
そしてウサギ小屋から出るべく振り返ると、ウサギたちは何かに怯えたように一塊に縮こまっていた。
わたしは不思議に思ったけど、暴れるウサギたちをなんとかなだめて抱っこをし、ウサギ小屋に戻した。
そのとき気がついた。ウサギが一羽足りない。
それと、なにやら爪で引っ掻いたような跡が、そのスペースの地面にはあった。
……それで合点がいった。
そう、トンビがウサギを拐って行ったのだ。
しかもそのウサギのお腹には赤ちゃんも宿っていた。
ウサギは少なくても5羽は一度で産む。
わたしはそのときあまりにも唐突すぎて呆然としながらウサギ小屋の鍵を閉めた。
そして、鍵を先生に返すときウサギがトンビに拐われたことを告げた。
先生は驚愕した。
しかも赤ちゃんのいたウサギだと告げると、先生は悲しそうな顔をした。
その顔を見て、わたしはなんてことをしてしまったのだと、自覚した。
そこで掃除当番が二人一組な理由がわかった。
二人でやれば、どちらかはそれとなくウサギを眺めたり気にかけたりする。
そうすればトンビは近寄れない。
しかしその見張りがいなければウサギはトンビにとって格好な獲物となる。
弱肉強食。
その意味をこのとき理解したと言ってもいい。
わたしは先生が教室でトンビ事件のことを報告しているとき、机に顔を伏せて泣き出してしまった。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい───
あのとき誰でもいいから連れて行っていたら……
せめて、トンビがどんなに獰猛か知っていたら……
わたしがもっと早くに掃除を終わらせていれば……
いや、そもそもわたしが当番じゃなかったら……
ウサギが最低でも6羽も命を落とすことはなかった。
わたしは先生にあなたのせいじゃない、って言われたけれど、自分の罪だとしか思えなかった。
わたしが殺したも同然。
わたしの知らないところで、こんなにも近くにいたのに死んでしまった。
当時のわたしにとって重すぎた事件。
誰もわたしのせいだって責める人はいなかった。
けれど、ウサギたちは仲間が空に連れ去られて行くのを見ていた。ウサギたちはわたしを憎んでいる。
わたしはそんな風に完全に思いこんでしまって、しばらくウサギ小屋には近づけなかった。
それ以来だ、やるやらない云々、考える考えない云々に敏感になったのは。
その事件があってから、ウサギからは決して目を離してはいけないということになって、三人一組で必ずひとりは見張りにすることにした。
わたしがケヴィさんに生理用品を買うときに言った、備えあれば憂いなしも、ここから来ていると思う。
猪突猛進型もここからだ。考えている時間がもったいない。
だからわたしは、やりながら考えるようになった。
迷子の常習犯と言われているけれど、走りながら場所を覚え、次からは完璧にした。
勉強でもそうだ。先生の話を聞きながら解き方を知り自分で問題集の問題を先にやって、合ってるか確認してから教科書の問題を解く。
普通は逆だけれど、問題集には答えがついているから先にやっていた。
みんなからはありえない、できるはずがないって驚かれたけれど、これがわたしのやり方だ。
それは中学生の時にやっていた勉強法で、高校でも数学は継続させていた。
だから数学は成績トップ3ぐらいには入っていた。
備えあれば憂いなしで、他の教科も教科書や問題集に穴が開くんじゃないかっていうぐらい何度も見返しテストに望み、数学だけでなく、全体としても成績が良かった。
でも、勉強自体はあまり好きじゃない。解けたときの達成感は気持ちがいいけれど、それまでの道のりを嫌に感じる。
これだって、やった後の結果だ。
ちゃんとやった後の達成感を味わうのは結果。
答えを丸写しでやった後の達成感とはわけが違う。
テストでいい点数が取れた!ちゃんとやったからだ!
これは結果。
テスト……点数悪かった……毎回ちゃんと問題集やろうと思ってるんだけど、やっぱりあきらめちゃう。
今回はしっかりやっておけば……せめてあの問題だけでもやっていればあと5点は取れた……
これは妄想上の結果。
とにかく、もう、懲り懲りなんだ!
ああしていれば……こうしていれば……
こんなこと思いたくない!死んでしまったウサギたちに見せる顔がない!
ウサギたちの分までしっかりと生きないと。
今のわたしを造り上げたのは、ウサギたちの死だった。