蒼の光 × 紫の翼【完】
おにいちゃん、なにしてあそぶ?
あしたもあえるよね。やくそくだよ!
きょうはかくれんぼしようよ。おにごっこでもいいなあ。
ばいばいおにいちゃんたち。またあしたね!
幼い少女の声が聞こえてきては消えていく。
『何者なんだ?おまえは』
『わたしは……』
『いったいおまえは……?』
『わたしはこの世界にいてはいけない存在なの』
これ……どこかで聞いたような……
わたしの意識がだんだんとはっきりとしてきた。
目を開ける。
けれど、辺りは真っ暗なのか、本当に目を開いたのか自分でもわからない。
『やあ、よく来たね』
そんな声が頭に響いたと思ったら、辺りは一変して、神秘的な草原へと様変わりした。
大木が一本立っている以外は、丈の低い植物しかない。
空は青いんだか緑なんだかよくわからない色。
そして、大木の隣には大きな龍がとぐろを巻いていた。
「ティノ……?」
その龍は、ティノをそっくりそのまま大きくしたような容姿だった。
しかし、サイズがばかでかい。
『ティノ?うーん、アタリでもありハズレかな』
その龍はおもしろそうに目を細めてわたしを見下ろしている。
言葉遣いが少し子供っぽい。
『僕の名前はフリード。今は君の言うティノの姿を借りて、君の前に姿を現したんだ。
まあ、そのために彼はいるようなものだけどね』
「じゃあ、あなたは誰……?」
『それを言ったらおもしろくないじゃん。名前はフリード。覚えた?』
「フリード……」
『ここはね、指輪の記憶の中さ』
「指輪の?」
『幼い君は常に肌身離さず持っていたからね。ここにはそのときの記憶もあるよ』
「じゃあ、わたしは思い出せるのね?」
『そうだよ。その記憶はこの樹のてっぺんにある木の実の中にある。
じゃあ頑張って登ってね!』
「え?登って採る?」
この大きな樹の上まで?
『そうだよ。それしかないじゃん。僕は見守ることしかしないからひとりで頑張ってね!』
実におもしろそうに口を開けて微笑むフリード。
ニヤリと笑ったと言ってもいい。
「これを登る……」
樹の下まで寄って、幹に手をかける。
この樹は低いところからも枝が伸びているから、わりと簡単に登れそうだ。
『いってらっしゃーい!あ、忘れてた。
もし落っこちたら、君死ぬから』
……なんですと?!それを早く言ってよ!
わたしは調子に乗って登ってしまっていたから、もう多分自力では降りられないだろう。
嘘、でしょ?普通こういうパターンの境遇って死なない設定じゃないの?
フリードのお腹辺りまで登って、少し休憩をした。
……下見られない。怖い、絶対に怖くなる。
高所恐怖症ではないわたしだけれど、誰だって下見られないと思う。
フリードは呑気にうたた寝なんかしている。
……なんかムカつく。だいたいフリードって誰よ!ティノの意識はどこに行ったのよ!
……まだ3分の1も登ってないじゃない。道のりは長いなぁ。
なんとしてでも記憶を取り戻して、わたしの過去を知るんだ!
……3人との思い出も知りたいし。
何よりも頭についてだ。わたしにとってどんな存在だったのか気になる。
気力を振り絞ってまた登り始める。
風が吹いていないのが幸いだ。もし吹いてたら落っこちる可能性が高まっていただろう。
どのぐらい足と手を動かしていたんだろう。
乗馬で筋肉痛ぎみだったにも関わらず、スイスイと動く。やっぱりここは普通じゃないんだな、と改めて思った。
……あ、あった。
その木の実は突然わたしの視界に映った。
……いや、これはもしかしなくても……
「りんご?」
赤く熟したおいしそうなりんご。
でも、簡単には届きそうなところではないところにぶら下がっている。
でも手を伸ばせばイケるかも?
わたしは目一杯に腕を伸ばす。
指先はりんごを掠めるのに、なかなか掴めない。
右手をさらに伸ばすため、わたしは身をのりだし、左腕をもっと広げてりんごを掴んだ。
……やった!
と思ったのもつかの間、それで油断して身体が幹から離れていく。
まさしくスローモーション。コマ撮り。
左手が幹から離れ頭は下に。
足も足場を失って宙に浮く。
右手に持っているりんごは艶々に光を浴びて輝く。
……死ぬんだ。
そう思ったとき、切羽詰まった声が聞こえた。
……食べろ!かじるんだ!
食べろ?かじる?このりんごを?わたしが食べる?
わたしはよくわからない思考回路になっていたけど、なんとか繋げて身体に信号を送った。
右手にあるりんごを……かじる!
わたしは思いっきりりんごをかじった。
そのときにわたしの目の前にあったのは、りんごと、地面だった────