蒼の光 × 紫の翼【完】
『落ち着いてください。彼は違いますから』
そんな優しい声が聞こえたから、ぎゅっと瞑っていた目を開いた。
……あれ?ここは……?
どこかの迷宮のような、土でできた壁と床。
でも、空気はひんやりとしている。
風が通っているのか、わたしの髪がさらさらと揺れた。
「こ、ここは……?ケヴィさんは……?」
『さっきまでの映像は違う世界の記憶です。カノンさんのいた世界とは違う時間が流れています』
「ど、どういうこと……?なんでわたしの名前……」
さっきから声は聞こえるけど、しゃがんでいるわたしの視界には誰もいない。
『もう少し顔を上げれば僕が見えますよ』
わたしは言われたとおり顔を上げた。すると、そこには……
「ティノ!」
『はい。僕はあなたにとってティノです』
「わたしにとって……?」
『僕は初代紫姫からすれば、弟にあたります』
「……ん?え?」
『……まずは僕の説明からですね』
ふわふわと飛んでいたティノだけど、わたしの前に降り立った。
『僕はティノ改めジークです』
「ジーク……」
『僕は転生を繰り返し、紫姫の守護龍となり罪を償っています』
「罪……?」
『はい、罪です。僕はもともとは初代紫姫のララの弟でした』
初代紫姫、ララ。彼女が何もかもの始まり。
その弟のジークは、転生を繰り返して罪を償っていると言う。
『僕の罪は、姉を死へと追いやってしまったこと、そして、あの島を造ったことです』
「ねえ、あの島っていったいなんなの?」
気になっていたことはそのこと。空飛ぶ島。紫族にとってはかけがえのないものみたいだけど……
『あの島は紫族の砦であり、世界を破滅することのできる破壊兵器です』
「は、破滅?!」
『……はい。島の最下層には光線の出る装置が造られました。それは……人の命を使って発動させるのです』
「人の命って……そ、その装置の破壊力は?」
『一発で世界を破滅することのできる威力があります』
「な、なんでそんなもの!なんで造ったのよ!あなたが造ったのよね!」
生け贄で作動させることに抵抗があるのに、さらに世界を破滅って……
意味わかんない!!
『……そうです。僕が造らせました。世界への見せしめと思って……』
「……そんなの、くだらなさすぎる!世界が無くなる程の勢いがあるのに……」
『僕はそこまで望んでいませんでした。しかし、紫族のみんなが望んだのです。自分たちを迫害した人間への復讐として……』
世界が無くなればもとも子もないのに。なんで造っちゃったのよ!
『しかし、それを使うには大勢の人柱(ひとばしら)が必要だったので、使おうと言い出す者はいませんでした』
「なら、最初から造らなきゃいいのに……」
『神に、造れと言われたのです。造れば未来は変わると……この世界は変わると……僕たちは世界の変化を望んでいましたから、受け入れてしまったのです。野望に負けてしまったのです』
「神……って、どんなやつ?」
度々聞く神という言葉。でも、その神って何?この世界ではどんな存在なの?
カイルさんも神様のことは、良くは言っていなかった。ただゲームを楽しむ大富豪みたいな感じにわたしは捉えていた。
龍の星屑を作った張本人なのかな?
『神は降臨してからいくつもの同じような世界を創りました。その内のひとつが、さっきまでカノンさんがいた世界です。同じようで違ってはいませんでしたか?
おかしいとは思いませんでしたか?』
「……確かに、すごく違和感はあった。何が違うとかまでは言えないけど……
例えば、力でなんでもできたり、傷を負ったのにそこまで酷くなかったり……」
『その世界の紫姫はなんでもできるのでしょう、その力で。
身体も頑丈になっているように思います』
「とにかく、変だった。でも、ケヴィさんが……」
『それはこの迷宮が見せた幻影です。実際に起こってはいません。ここは世界が見ている夢を見ることがありますから』
「世界が夢?変なの」
わたしはそれからもジークから話を聞いた。
ここはありとあらゆる世界の迷宮。ダンジョンだ。
ここではいろいろな世界に行けるらしい。でも、その世界に行くということは、そこで暮らすということ。
二度と元の世界にも、この迷宮にも戻って来られない。
ここに迷い込んでしまう人はしばしばいるんだって。まあ、大抵は夢か、寝ぼけているという感じで元の世界に帰すのだそうだ。
その番人がどこかにいるらしいけど、気紛れらしいからいないと思っていいって。
それで、なぜわたしがここにいるかと言うと、フリードに食べられて似ているけど異なる世界に行ってしまったけど、ジークが連れ戻してくれたのだそうだ。
探すのに手間取ったから、わたしは見たくないものを見てしまって絶叫。
その平常心の変化でわたしを見つけて、ここに転送した、そうだけど……
イマイチわからない。
『とにかく、あなたはここから元の世界に帰らなければなりません』
「帰るって言ったって……どれ?」
『それは番人にしかわからないので、カノンさん自身が探さないといけません。どれかが繋がっています』
この迷宮には、あっちにドア、こっちにドア、床にもドア、壁にもドア、空中にもドア……
とにかくドアだらけ。しかも外見はみんな一緒。
「か、片っ端から……?」
『そうなりますが、急がなければなりません。時間は常に流れていますから。遅くなればなるほど、事態は悪化します』
「それを早く言ってよもう!」
わたしは立ち上がって、ドアを文字通り片っ端から押していった。
このドアは押して開くドア。引いて開くドアではないからそんなに時間をかけずに中を確認できるけれど……
「ここじゃない!ここでもない!」
押せども押せども空き部屋。
とにかく何もないのだ。ドアの向こうには闇が広がっていて何も見えない。
それに床があるとも限らないから踏み出す勇気もない。危うく落ちそうになったけど……
「ジーク!床ってあるの?」
『それは僕にもわかりません。もしかしたら底なしの奈落かもしれません。落ちたら死にます』
「えー!じゃあどうすればいいの?どうやって確認すればいいの?」
『当たりだった場合、ちゃんとその世界の風景が見えるそうですよ。見たことがないから闇に見えるのであって、もし見慣れたものがそこにあれば、勝手に元の世界だと認識されます。
なので、風景が見えるまで頑張ってください!ちゃんと床もありますから!』
「うう……時間も無いって言うのに……」
やっぱり心の目がほしい。感じることのできる目が……
「そう言えばっ!ここも違う……
ジークはなんでそんな姿になってるの?誰かにされたの?」
『神によってこんな姿にされました。神がやらせた本人を罰するとは変ですけど……』
「確かに違うねっ!うぉっととと……危ない。
神はいったい何がしたいんだろう……」
『まさに神のみぞ知る、です。しかし、何代もの紫姫が生を送ったあと、神がひょっこりと夢に出てきて僕に言いました』
島を壊す方法を教えてあげる。
「島を壊す方法?なにそれー!!!」
試しに闇に向かって叫んでみた。けれど、その声は吸い込まれて行って帰っては来なかった。
『島の中心部には鍵穴があって、そこに鍵を刺して記してあるとおりの方向に回すと、世界は破滅してしまいますが、逆の方向に回すと島が自爆するようになっているらしいです』
「鍵?そんなの持ってないよ?」
『その指輪が鍵なんです』
え!この指輪が?
わたしの右手の人差し指には小さな指輪がはまっている。
あの紫姫もこれを探していた……
「これをわたしが持っている限り、島は光線を打てないじゃん」
『いえ、カノンさんの身体本体は元の世界にあります。今のあなたは精神のみです。幽体離脱みたいなものです』
「ゆ、幽体離脱……じゃあ、指輪を奪われるのは十分にありえるんだ」
『はい、今は戦争中ですのであなたを見つけるのに苦労しているみたいです。あの人はまだあなたが眠っていると気づいていません』
「なら、早く帰らなくちゃー!!!!」
また闇に向かって叫ぶ。なかなか見つからないことにストレスが溜まってきて、思わず叫んでしまった。
『何か感じないんですか?懐かしさや、楽しさ、嬉しさと言った感じのことは……』
「何も……」
『このままでは、永久にこの中にいることになってしまいますよ!』
「ど、どうしよう……」
片っ端から開けているドア。でも全部外れ。
ホント、どうしよう……
わたしがへなへなと座り込もうとしたとき、声が聞こえてきた。
……諦めないで!あと少しのところにあるから!
……この声、りんごをかじれ!って命令されたときの声だ。
「ねえ、声が聞こえなかった?」
『声?僕には何も……いえ、その声の主、もしかしたら番人かもしれません』
「ば、番人の?どうして?」
『番人は極度の恥ずかしがりやだと聞いています。僕も番人に会ったことはありませんが、もしかしたら……』
「番人曰く、あと少しのところにあるって……」
『それなら、急ぎましょう!』
わたしはまたドアを開け始めた。
三つ目のドアを開けたとき、視界がいっきに明るい光で埋め尽くされて、思わず目を瞑ってしまった。
「うぅぅぅ~……」
ま、眩しい……
その白い光に心が洗われるかのように、気が遠くなって─────