蒼の光 × 紫の翼【完】
「夏音!起きて!補習で寝るなんて珍しいけど……」
「う、うぅ……志織?今何時?」
「6時半過ぎ」
「もう?!」
ぎゃー!お母さんが家に帰ってくるじゃん!
今日はわたしの誕生日。だからお母さんが早く帰ってきて腕によりをかけたディナーが家で待っている。それにおいしいバースデーケーキも……
「もう、ホントに夏音はドジね。お母さん待ってるかもよ?」
「どうして起こしてくれなかったの?!」
「なんか、楽しそうな顔して寝てたから良い夢でも見てるのかなって」
「夢……?そんなの見てな……あれ、見たかも」
「夢なんて起きたら忘れちゃうもんね。ほら、さっさと支度する!」
「はいはい……」
わたしたちは勉強道具を片付けて教室を出た。
途端にむっとする暑さが襲ってくる。
「暑……こんなに暑かったっけ?」
「そうよ?まさか、クーラーの心地よさに暑さを忘れちゃった?」
「う~ん、そうかも」
なんだかずっと寒いところにいたような気がするけど、今は夏なんだからあり得ないよね。
クーラーの効いた教室にずっといたわけじゃないし。
わたしたちは階段を降りて下駄箱から靴を取り履いた。
……なんか、変な感じ。ローファーがキツく感じる。毎日履いてるのになぁ。
「夏音、またね!明日ねー」
「うん。志織もまたね。誕プレ楽しみにしてる」
「オッケー!任せといて!」
志織は自転車に乗ってわたしとは逆方向に走って行った。
買い物があるとかなんとかで、今日は自転車で登校していたため、行きも帰りも志織とは別々だ。
……なんか、忘れているような気がする。何かが足りない。
忘れ物をしているわけじゃないとは思うけど、何かが喉にひっかかっててもどかしい感じ。
……なんだろう。
昨日野島君と会ったスーパーの前を通ってみる。何か思い出すと思ったから。
野島君からもらったベイクは志織と野島君とわけて食べた。
確かにとけていなかったから感心した。世の中はいつも進化しているんだなぁ……
「ただいまーお母さん」
「おかえりなさーい!今ね、ケーキを作ってるところよー」
「え!手作り?どうしたの?」
「今年は勝負の年だからね、お母さんも頑張ろうと思って」
「お母さんだって忙しいのに……ありがとう」
「どういたしまして。ほら、さっさと着替えてきちゃいなさい」
「はーい」
玄関に入った途端、鼻をくすぐった良い香り。それはお母さんがケーキのスポンジを焼いている香りだった。
階段で部屋まで上がっても、甘い香りが漂っていてお腹が鳴ってしまった。
誰もいないとわかっているけど、恥ずかしくなる。
制服をハンガーに掛けて、消臭スプレーをまんべんなく吹きかけタンスにしまう。
ブラウスも脱いだとき、首に何かが掛かっているのに気がついた。
わたしは不思議に思って手のひらに乗せる。
そこには紫色をした雫型の石がついたネックレスが乗っていた。チェーンではなく紐の先端についている。
あれ?こんなの持ってたっけ?
でも、どこかで……
「うぅぅぅ……忘れてる。何を?誰を?」
忘れてる忘れてる忘れてる忘れてる忘れてる。
何を?誰を?なぜ?どうして?
ここはわたしの部屋なのに、誕生日なのに、なのにどうして?
こんなにも、悲しいの?
誰を忘れているの?
青、赤、緑、黄色、オレンジ。
そして紫。
誰?この色は誰?
カイル、ケヴィ、アルバート、ルーニー、リリー。
そしてわたし。
誰?誰?わたしの何?
カケガエノナイヒトタチ。
ワタシハ、イセカイヘトトバサレカレラニデアッタ。
シンセツナヒトタチ。デモ、イマハタタカッテイル。
ユカリヒメヲ、ワタシヲ、マモルタメニ…
サア、エランデ?コノセカイヲノゾムカ、ムコウノセカイヲノゾムカ。
コタエハヒトツ。
「わたしは杉崎夏音改め、カノン・ラ・スギサキ。わたしは元は向こうの世界の人間。そこに息づく彼らを護るのは、紫姫の役割。
世界を壊すなんて、わたしがさせないんだから!」
────パリィィィィンッッ!!
そう言った瞬間、風景が粉々に砕けた。
破片がピチャピチャと音をたてて足元の水の中に沈んでいく。
けれど、わたしは沈まない。例え闇の中でひとりぼっちでも、わたしは迷子にならない。
なぜなら、わたしにはみんながいるから。
ほら、あそこに青い光の玉が浮かんでいる。
わたしを待っているんだ。行かなくちゃ行かなくちゃ。
闇が広がるだけの空間。しかし、蒼い光はそこにある。
水の上に浮かぶ光。真っ黒な水面にゆらゆらと波紋を作っている。
わたしが光まであと少しというところまで歩いて行くと、突然、身体が落下した。
ドプン!と音をたてて水の穴に落ちる。沈む。光も遠くなる。
小さくなっていく光。どうして?どうして?
すると、ぶくぶくと下から泡が立ち込めてきた。
明るく光る泡。
その中でも大きな泡がわたしを足元から包み込む。
あまりの眩しさに、目の前が真っ白になって何も見えなくなった。