蒼の光 × 紫の翼【完】
『ケヴィ……わたしの愛しいケヴィ……許して……!』
ヘレンさんによく似た女性が、幼い男の子を家に置いて去って行く。
彼女も男の子も服はぼろぼろ。身体中に痣。
そして、今にも折れてしまいそうなほど細い。
女性は男たちに囲まれ、とうとう去ってしまった。
ひとり残された男の子。
男の子の姿は消え、少し成長した男の子の姿が浮かび上がってきた。
盗んでは追いかけられ、それがバレては蹴られ叩かれ。
男の子は限界寸前だった。生きる意味って何だろう?どうして生きなくちゃいけないの?
親子連れを目にしては、いつも思っていた。
俺には親はいないのか?捨てられたのか?それなら、お望み通りこの世界から消えてしまおうか。
その想いが日に日に強くなっていたある日、目の前にしわしわな手を差し出された。
いいの?この人について行ってもいいの?それなら、生きてみようか。未来を信じてみようか。
その姿も消え、大人になった男の子が映し出される。
栗毛の馬に乗り、剣をふるい、炎を操る。
その隣ではカイルさんがシリウスに乗り、水で応戦する。
これは今の情景。世界は常に廻っている。
そのとき、わたしは泡の中から解放された。
その泡も水面まで浮かぶと、弾けて消えた。
……いかがでしたか?あなたの選択は。あなたはあの世界を望んだ。
……もうおまえは戻れねぇぞ。友も、未来も、あちらを選んだ。
……あなたは、紫姫としての生を選んだ。
……おまえは、紫姫としての生を選んだ。
……絶望が待っているかもしれない。
……希望が待っているかもしれない。
……あなたの選択の理由は?
……おまえの選択の理由は?
わたしの選択の理由は……
「好きな人を護りたいから」
……それがあなたの答え。
……しかと聞き入れた。
……あなたは戻る。元の世界に。
……おまえにとっての、元の世界に。
……ここからは試練。
……戻れるかどうかは、おまえ次第だ。
そんな声が頭の中に響いているとき、下から金と銀のイルカが泳いで来た。
……我らは番人。
……あなたを入り口まで導く。
……この男の生は、残り僅か。
「そ、それ、どういうことですか?」
……それは答えられぬ。
……龍を訪ねよ。彼らなら教えられる。
……さあ、行け。未来を握りし者よ。
……未来を変えよ。
わたしは気がついたら、水の流れによってどんどんと上に押されていた。
番人が下から水を送っているのだ。
「ま、待って!聞きたいことが……」
番人はわたしを無視して、無言で水底に消えて行った。
バシャッと水から這い出る。
不思議と、身体は濡れていない。濡れない水がするするとわたしの身体を撫で、地面でピシャンと音をたてて滑り落ちた。
目の前には蒼い光。その光がいきなり、不規則に動き出した。
そして、彼方へと飛んでいく。
「ま、待って!置いて行かないで!」
わたしは光が跳んで行った方向に走り出した。
そのうち、蒼い光と共に、赤い光が浮かんでいるのが見えてきた。
なぜか身体は疲れていない。
その2つの光も、飛んで行ってしまった。また追いかける。
すると、緑、次は黄色とオレンジ。
次々と合流して、カラフルな色が辺りを照らす。
でも、いきなり蒼と赤以外の色の光はシュッと消えてしまった。
2つの光がわたしに近づいて来る。
わたしは無意識に両腕を伸ばした。両手をくっつけて、お椀のようにすぼめて差し出す。
手のひらの上に浮かぶ光。温かさが広がる。
わたしは誰に教えられたわけでもなく、その光を両手で包み込むようにして、合わせた。
両手を開いてみると、そこには紫色の光が浮かんでいた。
蒼と赤が混じりあって、紫になる。
その光は2つに分裂し、わたしの背後に回った。
背中にドンッ!と衝撃を受けた瞬間、わたしの足元の水面にあるものが浮かび上がった。
紫(ゆかり)の翼。
わたしは水面を蹴って飛んだ。
飛んで飛んで飛んで。
そして、遥か上空にひとつのドアが浮かんでいるのが見えた。
世界の入り口。
わたしはさらに加速して、ドアの前までたどり着いた。
ドアノブに手をかける。
このドアを開ければ元の世界に戻れる。
破滅と未来と希望が入り交じる、混沌な世界が待っている。
わたしには迷う気持ちなんて微塵も無かった。
ドアノブを回し、勢いよくそのドアを押した。