羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 酒童は桃山に電話をかけた。


「桃山、ついたか?」

《もう少しで屋上ですよ》


 電話が繋がると、かつ、かつ、と確かに階段を登る音がする。

 のんびりだな、と思う一方で、下の道路を覗いてみる。

まだ西洋妖怪は出てきていない。

 今日ここにでてくるのは、山羊にも似た猛牛だという。

内側にとぐろを巻いた角。

荒んだ馬の鬣。

その大穴のような鼻腔から吹き抜ける、灼熱の空気。


 ボナコン、という名前らしい。


「酒童さん、あいつら出てきましたよ」


 朱尾が平たくした手を目の上に当てて言う。

桃山も榊も朱尾よりは年下だが、朱尾は入隊初日から、彼ら“先輩”を「あいつら」と称している。

 酒童は固唾を呑み込むが、その刹那、携帯電話から「酒童さん?」と榊が呼んでくる声がした。


「あ、ああ」

《着きましたよ》


 向かいのビルでは、榊が手を振っている。
 
「おう、見えた。
お前らは俺が腕をあげたときに飛びかかれ。
今日の相手は3匹、いつも通りの少数とはいえ、巨体で熱を噴き出すそうだからな。
相手の形は牛だ」

《了解》


 桃山の言葉を最後に、電話は、プツン、と切れる。


「お、獲物は牛なんすか?」

 
 朱尾が表情を煌めかせる。


「牛みたいな、山羊みたいな、馬みたいな、猪みたいなやつ」


 ボナコンは牛の姿に山羊の角、馬の鬣に猪のごとく突進が得意なのだという。

ベースは牛なのだろうが、いまいち酒童はピンとこない。


「へえ、猪みたいでもあるんすか。
そいつは血が騒ぐっすね」

「ずいぶん嬉しそうだな」

「猪を撃つってのは、お手の物なんで」


 朱尾は眉を跳ねあげて、うきうきと鉄砲の銃口を触っている。

 やはり猟師なだけに、的が獣の姿をしていると血が騒ぐのだろう。




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