羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
七:荒ぶる獣
*
陽頼は大あくびをかきながら、ちらりと、ガラス越しの闇夜に一瞥をくれた。
「……」
陽頼は複雑な貌つきになった。
「気になる?」
「えっ?」
陽頼が声を高くする。
話しかけてきた同僚のOLは、パソコンのキーボードを叩きつつ、画面を見つつ、陽頼にこう続けた。
「西洋妖怪。気になる?」
「ううん、結界があるし、大丈夫だよ?」
「ならいいけど。
なんか妙に真剣な顔してて、陽頼にしては珍しいなと思ったから」
どうやら彼女は、西洋妖怪が怖くて外を見ていたのだと思ったらしい。
陽頼は幾度か首を横に振ると、そっと睫毛を伏せた。
「だいじょうぶ」
そう言い募ると、陽頼はいまいちどパソコンに向き直った。
―――外から聞こえてくる怪物の咆哮が、結界という強固な壁に守られた脆いガラスを揺らしても、それから陽頼は一切、外をみようとはしなかった。
すると、
「お疲れ様です」
見回りらしき、薄い茶髪に青目の外国人警備員が、静まり返った職場に笑顔で敬礼した。
ここは小規模ビルの2階で、西洋妖怪が現れれば、その顔が見えるであろう場所である。
それでも警備員の仕草は、そんな緊迫した職場の雰囲気を和らげた。
彼は1、2年前からここに務めている、甘いマスクの若い警備員である。
「なにか飲み物買ってきましょうか?」
「あんた、仕事はいいの?」
陽頼の隣にいたOLが冗談交じりにたしなめるが、はっは、と警備員は額に手を当てた。
「なにしろ、見回りするだけですから。
どうせ西洋妖怪の足音以外に異常はないんですから、僕も暇してるんです」
警備員の彼は、そうしてにこやかに微笑んだ。
「そう?でもちゃんと仕事しないと、上司のおじさんに怒られちゃうわよ?」
「はは。
じゃあ、もう少し暇してきます」
帽子を深くかぶって、警備員は、暇つぶしを堪能して職場を後にした。
「いい人だよねぇ、あの警備員。
外側も内側も」
「お使いを買って出てくれるから?」
「お使いって……陽頼」
呆れる彼女だが、陽頼は悠々とキーボードを打っている。
「陽頼は、あんな人が彼氏だったらいいなぁ、とか、思わないの?」
「ぜんぜん?」
陽頼は清々しいまでに即答した。
彼氏と言われると、陽頼には、もう思い浮かぶ顔はひとつしかない。
「私、好きな人いるもん」
「え、どんな人?」
彼女ら成人女性でも、まだまだ色恋ばなしにははしゃぎたい年だ。
横にいる彼女は夢中で陽頼に問いかけた。
しかし陽頼は、
「6年前まで、刈り上げヘアだった人」
と、答えにならない珍回答を出してきた。