羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「どうしたんすか」
上から降りてきた朱尾が、酒童が凝視している傷痕を覗き込んだ。
「こいつぁ……。
先輩がつけたやつじゃ、いっすよね?」
「当たり前だろ。
たぶん、この傷のせいで、こいつは暴れ出したんだと思う。
けっこう深いし」
5本の線から垂れる赤い水から察するに、この爪痕はボナコンの皮膚を切り裂いた上、さらに深く肉を抉っている。
「山犬か、イタチな何か、ってとこっすね。
傷をみる限りは。でも」
「そんなのがいたら、とっくに視界に入ってるはず、だな」
「はい。
山でもちょくちょく、イタチとか山犬とか見かけるんですけど、羅刹の目に止まらないほどじゃないっすよ」
猟師の朱尾が言うのだから、間違いはないだろうが、彼も、この傷を「獣の爪痕」と言っている。
「かまいたち、ってやつっすかね?」
「まさか」
確かに、そんな名前の妖は存在しているし、現象としての名前もある。
しかし、その威力は、西洋妖怪の硬い皮膚を切り裂けるほどのものなのだろうか。