羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「そういえば先輩。
さっき、ゴミか何かが通りませんでしたか?」
「ごみ?」
風で飛んできたごみがあれば、見えているはずである。
「なかったけど」
「さっき、俺があの牛を撃ったあと。
何かが、ひゅっ、て、上から横切ったんすよ。
かまいたちって、張りつめた肌を硬いものが掠めたときに、知らず知らず傷ができる現象らしいですし」
朱尾に言われて、酒童は首を傾げる。
少なくとも下にいた酒童は、ゴミなど見なかった。
それに小石が当たった程度で、ああも深い傷など付くはずもない。
「ま、そんなに気にすることじゃなさそうっすね」
朱尾が言った。
気にすることではない。
酒童もそう思いたかったが、この、なにやら物騒な傷跡を前に、酒童は息を飲まずにはいられなかった。
「もしかして、どっかから西洋妖怪が逃げてきたんじゃねえかな?」
酒童はそう呟きそうになるが、すぐに口を閉ざす。
平然を装いながらも、よたよたと歩く桃山の姿が目に写ったからである。
「……他の地区から、増援の要請は?」
静々とした酒童の質問に、ずっと桃山に寄り添っていた榊が、携帯電話の画面をつけた。
「ないですよ」
「よし。全員、帰還するぞ」
酒童の呼びかけに、はい、と複数の声が同時に上がった。
酒童を除く3人は、このボナコンになんの異変も感じていないらしく、そそくさと討伐の地を後にする。
騒ぎ立てるなにかを押し殺し、皆の後ろを歩き出した酒童の背中を、未完成な月は、青白く照らしていた。