羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 桃山を見ると、彼は軽く叩かれた背をさすりながら苦笑していた。

放っておいて死ぬということはないだろう。

湿布程度の処置で充分そうだ。


「大丈夫だったか?」


 朱尾が治療室に入ってきて、青木には目もくれず桃山に言う。


「まあ、ひりひりする以外は」

「そっか」


 朱尾の返事は素っ気なかった。

 朱尾と青木が並ぶと、酒童はどうしても、夕方の一件を思い出してしまい、胃が締め付けられる。

 青木は朱尾が来た途端、さらに身を小さくした。


「朱尾く……」

「酒童さん、今日の仕事はもう終わりなんすか?」


 青木が言おうとしたのを遮り、朱尾が酒童に問いかけた。

 おい、ちょっとシカトは酷くねぇか?

 酒童はそう言いたくなる。


「……一応、増援要請が全く来ないから、これで終わりってことになるな」

「もう、各自で解散っすか?」

「まあ」

「じゃあ、俺はもう帰るんで。
これ、どうぞ」


 朱尾は言うなり、例の「実家で捕った鹿の肉」を寄越してきた。

スーパーで売られている肉と同じ容れ物に入ったそれを渡され、酒童はぎこちなく礼を言った。


「あ、ありがとう」


 思った以上に、鹿の肉は血の色が多い。


「それじゃ、お疲れさんでした」


 朱尾は酒童や桃山たちに背を向けると、さっさと帰宅を急いで行った。


 なんすか、それ。

と、榊が興味心身で肉を眺める中、酒童は横目で青木を窺った。

 青木は、やるせない表情で、治療室の出入り口を見つめていた。



  





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