羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
八:血の水たまり







 気がつくと、酒童は瓦礫の上に寝転がっていた。

 空には、月でも太陽でもなさそうな、灰色の光る球体が、地面を照らしている。

 酒童は首だけを動かして、辺りを見渡してみた。


(ここは……)


 どこだ。

 酒童には、いま自分がどこにいるのか、全く把握できなかった。

 左をみれば、すぐ前に畑や水田があり、右をみれば、槿花山が遠まきにに映った。

 酒童は、自分のしたにある瓦礫に触れてみる。

古いつくりの家なのか、茶色の木片はひどくざらついていた。


 その時、


「ー……じ!」


 と、悲痛な女の声がした。


 思わず酒童は、声のした方向に首を捻る。

みれば、自分を押しつぶしていた瓦礫を跳ね除け、こちらに走ってくる、三十路ばかりの女がいる。

 ふと、後ろから、まだ小さい子供の喃語がした。


「うー」


 酒童は、いま顔を向けている方向とは逆と方に目をやる。


数歩ほど先に、まだ1歳か2歳ばかりの子供が、木の板の下敷きになっていた。

そして、そのすぐそばに、無数の牙を生やした、爬虫類が二足歩行をしたような化け物が迫ってきていた。


(まずい!)


西洋妖怪だ。

酒童は咄嗟に体を起こそうとする。

しかし、体はいうことを聞かない。

のろのろと動くばかりで、一向に立ち上がれなかった。


「やめて‼」


女が酒童の体を飛び越え、子供の元へと駆け寄る。

きっと母親だろう。

しかし、常人の力では西洋妖怪に勝てはしない。

羅刹でなければ困難だ。

酒童が焦る反面、体はどんどん重くなっていく。


母親は子供の前に立ちはだかった。

子供よりも大きな獲物を見つけた化け物は、心なしか歩調を早めて、その爪を振りかざした。

その時、女の悲鳴があがった。

鋭利な爪によって、右腕をもがれたのである。

酒童は悲惨さのあまりに目を瞑りたくなった。


すると、


「待て‼」


と、まだ変声期を迎えて間もない、男の声が響き渡った。

化け物の後ろから、車をも追い越す早さで、刀を携えた人が走ってくる。

羅刹の隊員だろう。

しかし、その希望を拭い去るように、女の悲鳴を聞きつけたのか、化け物どもが次々とそこに群がってきた。

走ってきた、女のような顔をした男隊員が、背後から化け物を斬りつけた。





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