羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



「今日、街に遊びに行く約束……」

「あっ」


 すっかり忘れていた、とは、このことをいう。

 そういえばいつかに約束していた。


「ひ、昼前に!」


 その場から逃げさらんばかりに、酒童は着替えを取りに寝室に戻った。

 なぜこんな大事な約束を忘れていたのだろう。

自分はつくづくダメな奴だ、と酒童は自虐したくなる。

天野田のような洞察力ある男であれば、絶対に覚えているだろうに。

 酒童は慌てて、衣服がしまってある棚を出し、服を手当たり次第に放り出す。

なにしろ酒童は服装にも無頓着なので、これといってオシャレな服は持っていない。

しかし、だからといって長袖シャツとジャージというわけにもいかないので、とりあえず、適当なTシャツとジーンズに、薄手のコートを羽織った。


「嶺子くん?」


 編み込みを終えた陽頼が、ひょっこりと寝室を覗く。
 

「な、なに」

「もしかして、この日のこと忘れてた?」


 さすがの陽頼も、酒童の狼狽ぶりには気づいたらしい。

酒童がこの日の約束を、綺麗さっぱり忘れてしまっていたことに。


「……すみませんでした」


 酒童は深々と頭を下げる。


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