羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
ふと顔を上げると、陽頼の編み込まれた髪が軽く崩れ、一本線を描いた前髪が、顔にだらりと垂れている。
そしてその髪の一部に、またしてもクリームが付着していた。
陽頼本人は、髪が垂れているのには気付いているのかもしれないが、髪にクリームがついていることは知らないらしい。
艶やかな黒髪の一部に白い点が付いていると、なんだか違和感を覚える。
(進歩してないって言うべきか、変わってないと言うべきか……)
相変わらずとはこのことをいう。
しかし、そのどれを言っても失礼な気がしたので、酒童は無言で、ペーパーを取ってその髪を拭った。
なるべく髪を抜かないよう、そっと、だ。
「髪の毛」
酒童はその細い髪束を、陽頼の耳にかけた。
「あれ、またついてたの?」
「例によって付いてた」
「んー。クリームって、いつも知らない間についてるよね」
なんでだろ?
そう右頬を膨らます陽頼は、たまに妹的存在にも見えて仕方が無い。
女性らしい時は、本当に綺麗になるのだが。
酒童は、パスタを噛みながら考えてみる。
桃山いわく、昔は天然で可愛いボケキャラモデルというのが流行ったそうだが、それに類似したようなものだろうか。
酒童がそんな事に頭を回転させていると、
「茨、どこ座る?」
「あの窓側とかいいんじゃね?
人も少ないし、日当たりもいいし」
「んじゃ決定ー」
複数の弾けた女たちの声に混じって、1人だけ、落ち着いた低く太い声がする。
それらが、こちらへと接近してくる。
酒童はパスタを口に運んでいるため、下を向いていた。
だから彼女らの顔など見なくとも、酒童は、そのうちの1人が誰なのかを把握した。
酒童は本日二度目に、青ざめた。