羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
(いったい、なにが……)
あれほど、戦慄に彩られた悲鳴は始めて聞いた。
なにがあったら、あんな声が出るのだろう。
……薄々、酒童は感付いていたが、その予想はひどく受け入れ難いものであったし、それについてはあまり考えたくなかった。
酒童はシャッター口に続く通路の真上に到達する。
酒童たちがいたのは2階なので、階段を使えば降りられたはずだが、それができなかった。
押し寄せる大衆が通ることによって、2階3階に通じる、階段という階段が、彼らに塞がれてしまっている。
(くそっ)
酒童は悪態をつき、真下にある真っ赤な椅子めがけて飛び降りた。
コーヒー専門店の外におかれていた、待合用の椅子だ。
ひょうと風を切り、酒童は見事椅子の上に着地する。
しかし、ここからは人を押しのけていかないと進めないらしい。
次々と、ヌーの大群か何かのように、青ざめた人々が逃げまとう。
「っ……すみません……!」
酒童は1人で一礼すると、人の波に身を投げた。
できるだけ隙を利用して、人に当たらないように進む。
それでも、冷静さを失った人に跳ね除けられ、酒童は危うく体制を崩しそうになる。
「すみません……すみません……!」
ぶつかるごとに謝りながら、酒童はようやく、シャッター口に辿り着いた。
然るに、もう解体ショーどころではない。
解体中のマグロは包丁ごと隅に押しのけられ、放置されている。
端に寄りかかって、酒童は外を見た。
見て、愕然とした。
すっかり人のいなくなった大通りには、丸いのものがいくつもある。
丸いもの、といっても、ボールのような大きさではない。
直径で酒童の身長と同じくらいありそうな、楕円形の玉である。
その中のひとつから、鋭利な白い突起が5つ、硬そうな玉……卵の殻を突き破っていた。