羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》

八の半:太陽の下




―――べりべりっ……。

―――ばちゃり、と。


 その体が殻を破り、粘液と共に出てくる音がする。

 卵の殻の内側に張り付いていた粘液がアスファルトに飛び散る。


「……!」


 酒童は衝撃のあまりに唾を飲む。

 中から出てきたそれの全体が露わになる。


 顔は魚で、背びれや鱗は背中にまで続いている。

 背びれを挟んで突き出している乳白色の突起は、先端が鋭利に尖っている。

 全身が粘液で覆われており、首から下は白い肌の人間の身体そのものだ。

首と背中が魚なのに、その身体の部分だけ妙に人間じみているので、よけいに不気味だ。


 ぐるん。と。


 魚がこちらを見た。


「かあぁぁぁぁ……」


 開かれた口からは、縦に糸を引く唾液と、霊長類の前歯が除く。


(うそだろ)


 酒童は我が目を疑った。

 あれはどう見たって西洋妖怪だ。

しかし、西洋妖怪はあくまで“夜の生き物”である。

 この国の常識では、西洋妖怪の弱点は《日光》だ。

太陽の光を浴びると、霧になって消える。

陽が登るまでに姿を消すことができず、霧になった西洋妖怪の目撃談も、羅刹の中には多々ある。

 だから、こんな風に、白昼堂々と西洋妖怪が現れるということは、前代未聞なのだ。


 それが今、眼前で起こっている。


 酒童は、ぬるぬると動く魚の眼を、ただただ見つめていた。




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