羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「それは……良かった……」
酒童は心底から安心していたのに、空虚感が込み上がってくるような気がする。
酒童は頭を乱暴に左右させ、空虚感を拭い去る。
そんな酒童の眼は、ふと、向かいの建物の間の裏小路にうずくまる、小さな影を捉えた。
「あれは……」
その影の正体を認識すると、酒童はぎょっとした。
子供だ。
まだ小学生になるかならぬか、というくらいの年に見える。
逃げ遅れたのか、親とはぐれたのか。
もしくは両方か。
とにかく、西洋妖怪がいるせいで、出るに出られないといった体の子供が、ゴミ箱の陰に身を潜めている。
「天野田、子供が」
「え?」
「あそこに、逃げ遅れたのがいるんだって!」
さすがに焦った酒童は、手首を掴んだままの天野田に対して声を荒らげる。
「っ……俺、いってくる」
「下は魚がうろついてるよ」
「どっちが大事なんだ、お前は」
ありきたりな正義の味方のようなことをぬかすと、酒童は我先にとビルから飛び降りようとした。
すると。
子供がいるビルの裏小路に、長髪の少年が降り立つのが見えた。
いや、少年ではない……茨だ。
「茨!」
「茨!」
酒童と天野田は同時に叫んだ。
茨があそこにいたからではない。
西洋妖怪たちが、彼らがいる裏小路へと寄り集まってきたからであった。