羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
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茨は少年の前まで歩み寄ると、ひしと抱きしめた。
「しっかりつかまってな」
いままでずっと恐怖に慄きながら、声を殺していたのだろう。
茨の頑丈な腕に収まると、少年は眼前にいる男顔の少女の服をしっかりと掴んだ。
「うん、うん」
やはり西洋妖怪が気になるらしく、幾度も振り返っては空を仰いでいる。
「じゃあ、飛ぶぞ」
茨は足に全神経をかける。
表に出ても、数歩で届く範囲には踏み台の役割も果たす電灯がない。
一躍で低いビルの屋上まで飛ぶことは、さすがの羅刹でも容易ではない。
だから子供を抱えて飛ぶには、それこそ本気を出して、左右に立つビルの壁を縫うようにして飛んでいかなくてはならないのだ。
(いけるかな)
飛ぶと言ったくせに、茨はなかなか跳躍に踏み出さない。
自分ひとりなら、途中で落ちても受け身がとれる。
しかし子供を抱えたままでは、難しい。
不可能ではないにしろ、壁を蹴り上げて跳躍するための体技術が高くなくては、羅刹とて楽にはできない技だ。
それこそ、そう。
(俺も酒童さんくらい、優秀だったらな)
こんなことで、不安になりはしなかったろう。