羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「他は?もういませんか?」
やはり懸念しているのか、茨は幾度も周囲を見回しては、眼を釣り上げている。
「いや、もう出てこない」
酒童が常備してある懐紙をポケットから出すと、それで西洋妖怪の血液が付着した刃を拭う。
「や、やったか?」
「やったぞ!死体が転がってる!」
「羅刹が2人もいたなんて」
「助かったぞ」
透明のガラスの扉口がある店からは、酒童たちの姿が丸見えだ。
辺りの店に隠れていた人々が、次々と表の道に出てくる。
「りく!」
すると飲食店の中から、大小さまざまな人々を押しのけ、女がひとり、酒童たちのほうへと駆け寄ってきた。
「ママ」
どうやら彼女が、子供の母親だったとみえる。
母親は子供をしかと抱きとめると、「ごめんね、ごめんね」と涙しながら、なんども耳元で謝罪した。
おおかた、辺りの人ごみにもまれて、母子はぐれてしまったのだろう。
周囲が悪いとも、母親が悪いとも言えないが、なにがともあれ一件落着だ。
それよりも。
「……天野田、ちょっといいか?」
酒童はいちだんと険しい面持ちで、天野田に言葉をかけた。
すると天野田ときたら、心配していたのは茨だけのようで、子供にも母親にも眼をくれることなく、面倒臭そうに酒童に耳を傾けた。
「なあに?」
「どう考えても、おかしくねぇか?
昼間に西洋妖怪が出るなんて」
「それは皆が思っていることだよ」
「けど……。
お前がそういうの、いちばんよく知ってんだろ。
西洋妖怪は日光の下では生きられないことも、やつらの生態も」
酒童には訳がわからなかった。
夜の支配者、もっと言ってしまえば“夜だけの支配者”である西洋妖怪たちが、なぜ御天道様が高く登る、この昼間に出現したのか。
かてて加えて、今日は日曜日。
普段であれば、西洋妖怪は出現しない日であるし、羅刹の休日でもある。
長年に渡り研究者たちによって、
「西洋妖怪は昼には出てこられない。
火曜日と日曜日は周期的に姿を現さない」
と、切り取られた西洋妖怪の肉を使った実験で証明して見せたのだ。
以前に朱尾が言っていたように、西洋妖怪の血肉は日光に当たると消える。
火曜日か日曜日の夜までその肉を保管しておき、その時に肉を外に出しても、霧になって消える。
それが実際の映像によって世間に公表されたはずだ。