羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 しかも呪法班によれば、当然ながら、今日は特にこれといって西洋妖怪は出現しない。

 強いていうならば、ぼんやりと、人影が写ったのを何人かの班員が目撃したというだけだ。

 火曜と日曜の夜は、西洋妖怪が出現しない人いうこともあって、夜歩きをするものも少なくはない。

 いちおう、当分は夜歩きを禁止するよう、勧告は出たそうだが、耳に入っていない人もいるだろう。

 だから、きっとそれだ。

 酒童はぐったりとしながらも、眼だけはしっかりと、下のアスファルトを注目していた。


 その時。


「あれっ」


 酒童の視界に、忽然として人影が映った。


「どうしたんすか」


 やることもなく、桃山とじゃれることしかしなくなっていた榊が、間の抜けた声で酒童に訊いた。


「人が」


 酒童は言い終える前に、アスファルトに飛び降りた。

 朱尾は肉を飲み込んで、酒童の後を追う。


 酒童は地に降り立ち、満月を眺めている男の肩をつついた。

 服装からして、どこかの警備員と思われる。


「あの、すみません」


 酒童は腰を低くして声をかけた。

 振り向いた警備員の青い眼が、薄い闇の中で光る。

どうやら外国人の血が入っているらしい。


「なんですか?」


 甘いマスクの警備員は、ふふ、と酒童に微笑みかけた。


「いま、羅刹が見廻りをしてて……。
昼間、ここに西洋妖怪が出没しましたし、ここでは当分、夜歩きを控えてもらうように勧告が出たと思うんですが……」

「あ、そうなんですか」

「申し訳ないんですけど、仕事中でしたら、職場の建物の中に戻っていてもらえませんか?」

「いえいえ、こちらこそ。
なんか、すいませんね。
仕事の邪魔しちゃって」


 眉を下げて笑ってくれる警備員に、酒童はますます申し訳なくなって、深く一礼した。


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