羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「ぎゃん!」
朱尾のほうを振り返っていたから、なぜその時、犬のような声がしたのかは、酒童には分からなかった。
だが、警備員が脚から血を流して卒倒するのは、音で分かった。
「うっ……」
警備員は激痛に呻いた。
いま、どれほどの痛みが彼を襲っているのか。
その出血の量から、酒童は背筋が泡立った。
「お前、ふざけんな!」
後をついてきた榊が、朱尾の胸ぐらを掴んだ。
「自分がなにしたか分かってんのか⁉」
長身の榊に上から怒鳴られても、朱尾は屁でもなさそうな表情で、その腕をやすやすと振り払った。
「どけよ」
朱尾は冷徹に言い放った。
「朱尾、お前っ……」
なにやってんだ?
お前が撃ったのは、人間だぞ。
さすがの酒童も、つい怒気を込めてそう言いかけた。
しかし言いかけたところで、異質な臭いが鼻を突いた。
「てめえな、いい加減にしねえと……」
堪忍袋が限界に達した榊が、朱尾の背中に歩み寄ろうとする。
それをなんと、酒童が阻止した。
「まて」
「酒童さん、もうだめっすよ。
これ以上すきにさせといたら」
「違う!」
酒童は一点に、撃たれた警備員を見据えていた。
「ゔゔゔゔゔ」
警備員は、人とは思えぬほどの低い唸り声を絞り出していた。
その半開きになった口からは、牙のような犬歯が覗いている。
充血した眼は、まっすぐに、腕利きの猟師を捉えていた。
「かわい子ぶりやがって」
朱尾は吐き捨てた。
「犬臭えんだよ、お前の身体」