羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
その一方で、榊は朱尾に向けて大声を張り上げた。
「おいチビ!こっちだ!」
榊の掛け声に、人狼が一瞬だけ気を取られる。
その刹那、朱尾は鉄砲の銃口を人狼へと向け、その鼻先めがけて弾丸を撃ち放った。
ぎゃうん、
と人狼が悲鳴をあげて悶える隙に、朱尾が横に身を傾ける。
堅固な地面の上を転がり、榊の隣に逃げ込む。
「犬っころが」
決して犬ではないだろうが。
朱尾は眼をぎらつかせて、そう毒づいた。
「よくも、やりやがったな」
鬼の貌になって言う朱尾の腕からは、肉を抉られたせいで血が滴っている。
しかし、おそらく朱尾の怒りはそこではないだろう。
それが榊にも解った。
朱尾の目は、一瞬の油断も許されぬ敵が前にいると言うのに、やたらちらちらと酒童に視線をやっている。
「おい、でかぶつ。
あのモヤシ眼鏡はどこに行きやがった」
モヤシ眼鏡……どうやら朱尾は、桃山のことを言いたいらしい。
「桃山だよ、クソチビ」
榊が言う。
こんな事態になっているというのに、朱尾と榊はいまだに結束できていない。
「でかぶつは先輩のトコに行って来い。
……悪くしたら、あの人が先に殺されんぞ」
「そこを俺らが引つけりゃいいんだろ。
さっきの見る限り、1人じゃ無理そうだしよ」
「ふざけたこと言ってんなクソ坊主。
獣ってのはよ、弱った生き物ほどよく狙うんだ」
朱尾は盛大に毒を吐く。
弱った子鹿ほど、仕留めやすい獲物はない。
それを、獣は知っている。
そして獣がそれを知っていれば、当然、狩人も知っている。
「いま、あの人を1人にしてみろ。
いくら先輩だって、喉噛み切られんぞ」
そう。
いくら腕の利く精鋭でも、利き腕と脚を失ってしまえば、ただの動かぬ餌だ。
「あの人は死なせちゃならねえんだよ」