羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
2
ポケットにしまってあった携帯電話がバイブと共に鳴り、茨はその画面に耳を当てるや、
「はぁ⁉」
と眼孔を見開いた。
「ちょ、それ、どういうことですか、桃山さん!」
「どうしたんだい?」
隣にいた天野田が、眉をひそめて小首をかしげる。
振り返った茨の顔は、真っ青だった。
「酒童さんが……」
人前では決して物怖じせず、活発なはずの茨の表情は、絶望に彩られている。
「隣の地区で、西洋妖怪がでたんだ!
酒童さんがやられた。
それで、桃山さんから応援要請がきた!」
桃山からの要請を受けたからなのか、茨はひどく動揺していた。
その慌てぶりに、天野田は思わず固唾を飲む。
「待つんだ、茨。
他になにを聞いたんだい。
相手はどんな姿だとか、何体いるんだとか」
天野田は冷静だった。
もし敵が無数にいるのなら、この班だけで行っても不利なだけだと判断した、からかもしれない。
そうしてなだめる天野田に、茨は喚き出さんばかりの声で言い放った。
「そんなこと言ってられませんよ。
ぐずぐずしてる間に、酒童さんたちが喰われちゃうかもしれないのに」
茨は間違ったことは言っていない。
天野田は苦虫を噛み、「わかったよ」としぶしぶ承諾した。
「梓(あずさ)くん、酒童班が危機的状況だ。
鬼門班ならびに、近傍の班に応援要請を。
私は先に、茨と酒童班の元に行く」
遠くにいた隊員は、高々と手を上げて「了解」と返す。
「行くよ、茨」
「はいっ……」
茨は天野田と並んで、酒童が統率する班が担当を務める、隣の地区へと移動して行った。
「ありえねえ……。
まさかそんな、あの酒童さんが……」
茨は混乱していた。
なにしろ、訓練生時代から強い事で有名だった酒童だ。
数体の西洋妖怪を討伐しても、汗ひとつだってかかず、息が上がることもなかった、との逸話も訓練生間では存在した。
それほどの人がいま、腕とは脚をもがれて動けない状態だというのだ。
なにがあったんだ。
茨は疑問符が浮かんで止まなかった。
酒童が西洋妖怪に、力で及ばなかったことなど、茨の知る限りはほとんどない。
彼が倒せない西洋妖怪などいないのではないか、と思うほど、強い羅刹なのだ。
天野田は、そんな茨の様子を、どこか寂しげに見つめていた。
「……茨」
天野田は口を切った。
「彼が唯一傷つけられない動物は、なにか知ってる?」
茨がふと、天野田に視線をやった。
天野田は、思いつめた面差しで、
「彼は何があっても、人間には手をあげない」
と、短く言い切った。
「それが、祟ったのかもしれないね」