羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 しかし、鉄砲玉は人狼を撃ち抜かなかった。

 なに、と目を疑う頃には、オオカミの顔をしたそれは、朱尾の一寸先にいた。

がぱあ、と、大口を開け、両手を翼のごとく広げて。


「くそっ」


 朱尾は咄嗟の判断で、両手で人狼の両手を食い止めた。

そのまま押し戻そうとするが、迂闊に顔を出してはならない。

 腕を封じているからとはいえ、人狼の口は、いまにも朱尾の鼻先を食いちぎらんばかりである。

 しかも、朱尾は負傷した腕を、まだ完全に修復できていない。

挙句の果てには、身長差もかなりのものである。

 力と力の勝負では、今の朱尾は不利だ。


「ぐう」


 朱尾は歯軋りを立てる。

 人狼の鋭利な爪が、手の甲に食い込んでくる。

いちどでも気を抜けば、力が入らなくなるだろう。

 朱尾は蟹股になって、地を踏みしめる。




『―――先輩、なんでいつも“米つきバッタ”なんて呼ばれてるんすか?』



 朱尾の脳裏に、ふと、酒童に向けて放った質問が浮かぶ。

 何年も前の話だった。

走馬灯、というものだろうか。






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