羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 朱尾が訓練生なって6ヶ月が経ち、やんちゃをしはじめた頃だった。

 酒童が卒業したあとは、もっぱら“成績優秀の未来が明るい精鋭”として語り継がれているが、酒童の同期の間では、彼らしか知りえない酒童のあだ名があった。


 “悪人顔の米つきバッタ”


 いかにも物騒な顔立ちで、いかにも喧嘩慣れした人間のような目つきのくせに、現物の酒童嶺子は、温厚で控えめな性格だった。

 なにか問題があれば真っ先に自分が謝る。

 肩が少し当たったくらいで、相手を呼び止めて謝るくらいだった、などという大袈裟な生徒間の噂があるくらいだ。

 強面のくせに、よく謝る。
 外はトゲトゲ、中はフンワリ。

 そんな意味合いをこめて、米つきバッタなどというあだ名がつけられたのだ。

その話を聞きつけて、朱尾は酒童に接触してみたのだった。


『お前、1年?』


 振り返って自分を見つめた貌は、噂通り、漫画で見る「都心をうろつく不良」そのものだった。

だが、その物腰は実に柔らかだった。


『先輩って、米つきバッタって呼ばれてんすよね』


 朱尾は質問だけを投げつけた。


『悔しくないんすか?そんなこと言われて』


 もし自分だったら、すこぶる悔しい。

 そのあだ名は、誰がどう考えても軽視の意味が込められたものだった。

 朱尾は酒童の答えを待つ間、頬に貼られた湿布をいじっていた。


『……悔しくは、ねえな……』




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