羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
言われるまま、朱尾は燐光が放たれるその場から離脱する。
「―――急々如律令!」
複数の掛け声に伴い、ばりり、と電光にも似たものが迸る。
すると大円形から放たれた燐光が、瞬く間もなく人狼を閉じ込める。
人狼はあらん限りに雄叫びをあげるばかりだった。
なにが起こったのか。
朱尾はいったん動きを止め、周囲に目をやった。
みれば、ビルの間や物陰に、紫紺の直衣を身に纏った者が何人もいる。
その中には、青木の姿もあった。
「おい、こりゃあ一体……」
どうなってんだ?
朱尾がそう問いかけようとするが、茨は一心に、謎の五芒星を凝視しているだけで、答えを返さない。
再び、人狼に目をやる。
一見は閉じ込められたかのように思えたが、人狼がその翠の壁を叩く力は、凄まじいものだった。
「まずい!壊れるぞ!」
「散れ!逃げろ!」
刀印を組んでいた数人が、一斉にビルに避難する。
彼らは羅刹としての身体能力を持っていないのか(はたまた羅刹ではないのか)、電灯を踏み台に、ビルへと飛び移ることはできないらしい。
人狼が、不可解なエネルギーによって構築された壁を破った。
―――おおおおおお……。
壁……呪法班の一行による退魔の結界を破壊した人狼が天高く吠える。
朱尾の鉄砲は、その人狼の足元だ。
茨と朱尾は、背筋が泡立つのを感じる。
人狼の赤々とした口の中が見えて、恐怖を覚えたのだった。
―――《喰われる恐怖》。
この時、羅刹たちを凍り付かせたのは、
どんな動物でも、必ず生まれ持っている恐怖心だった。