羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
(人違いだ)
俺は、鬼の子なんかじゃない。
酒童は否定し続けた。
それでも、あたかも彼を追い詰めるかのように、その声はどんどんと近く、大きくなっていった。
―――案ずるな、相手はただの「もの」ぞ。
違う。あれは、西洋妖怪だ。
―――ならばなぜ、殺せぬのだ?
人だからだ。
―――ならばなおさら、殺しやすかろう。
なんでだ。
―――人などお前にしてみれば、ただの餌ではないか。
なにいってんだ。
酒童は正気を保っていた。
しかし、この声を聴いていると、なんだか深いまどろみの中に埋もれて行ってしまうような錯覚さえした。
だがこれだけは言える。
然るに、酒童は生きていていちども、人を餌だなどと思ったことはない。
人間として。
それなのに、頭に響くこの声紋は、聞いているうちにどこか親しいもののように思えた。
―――お前は、鬼ぞ。
鬼、なのか……?
―――全て本能に任せよ。さすれば、お前もらしくなろうよの。
それが、俺らしいのか。
―――そうともさ。さあ、殺せ。戦え。お前の、鬼の血に従え……。
そうか。
俺は、従えばいいのか。
だんだんと、酒童は自我を失って来ていた。
洗脳か何かのように……声につられて、それがいう事に賛成してしまう。
自分はれっきとした人間なのに、だ。