羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
2
酒童は静まり返った会議室に連れて来られた。
その頃には瞳の色も肌の色も元に戻っていて、先程の異体が嘘のようになくなっている。
酒童は椅子に腰掛け、長い机を挟んで地区長と鬼門に向かい合った。
「―――どこから話そうか……」
地区長は、顎に手を当てて腕を組む。
どこから話したら良いのかわからない話とは、どんな話だろうか。
少なくとも、「明日は晴れかな?」というレベルの軽い会話にはならないだろう。
(殺人、とか……)
酒童の頭に真っ先に浮かんだのは、あの人狼……もとい警備員の顔だった。
西洋妖怪といえど、もとが人であるならば、彼を殺したことは立派な大罪だ。
そう、酒童は思う。
「っ……」
俺はいったい、どうやってあの人狼を。
悔やんでうつむく一方で、酒童は思い悩んだ。
ほんとうに、どうやってあの人狼を殺したのか、酒童はまったく記憶にない。
だが地区長は、
「君は、ラークサシャを知っているかな」
と、酒童が予想していた言葉とは違うことを口にした。
咎めではなかった。
「ラークサシャ……?」
「“羅刹”……の、意味を持つ言葉です」
鬼門が、ここに来る途中に自販機で購入したホットコーヒーを、そっと口に含んで言う。
「ラークサシャとは“危害を及ぼすもの”としての言葉でもあります。
羅刹天、羅刹女、みなあまり良い話は聞かないでしょう」
「はあ」
そんなことを言われても、酒童はわかるはずもなかった。
高校時代も古典と数学と世界史は大の苦手だったし、そんな雑学の話にも興味はなかった。
だから、はあ、と答えるしかない。
酒童は鬼門の顔色をうかがいつつ、
「……すみません、知らないです」
と、深々と頭を下げた。