羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「―――“米つきバッタ”は相変わらずのようですね」
「鬼門、よせ」
不遜に腕を組んでため息をつく鬼門を、地区長が牽制する。
別に酒童としては、米つきバッタだの童貞だのと仲間に呼ばれるのは日常茶飯事であったし、そんな古いアダ名のことは、あまり気にはしていない。
「あの、そのラークサシャは、さっきの話と何の関係が?」
酒童が話を戻すと、鬼門が艶めく前髪を掻き上げる。
「ラークサシャとは、害を与えるもの。
日本ではこのようなものを、
“鬼(オニ)”と呼ぶのですよ」
それがどうしたのだろう。
酒童は、鬼門が遠まわしに言おうとしていることが掴めずにいる。
「鬼、って。
虎のパンツに、金棒持ったアレですか」
つい冗談を言ってみる。
しかし、途端に鬼門が、鬼も顔負けの形相で睥睨してきたので、酒童は「すみません」と謝り、押し黙る。
どうやら、本気でまずい話らしい。
そして鬼門は、美貌を鬼の形相に変えたまま口を切った。
「羅刹には、その“鬼”の血が流れているのです。
つまり……あなたも生物学上、
鬼ということになる」
鬼。
その瞬間、酒童は瞠目した。
最初は、なにを言っているのか理解に困った。
「い、言ってる意味がわかりませんっ」
酒童は思わず声をあげた。
「ならばもう一度言いましょう。
あなたは人間ではない。
“妖怪”が生物として認められたこの世の中において、生物学において、あなたはれっきとした人類のうちには含まれないものなのです」
鬼門の発言はストレートだった。
「……なぜ、西洋妖怪が出現してすぐ、羅刹が彗星の如く結成されたのか、あなたは知らないでしょう」
鬼門は唇を噛みつつ言ったのだった。
妖怪だとか怪物の類が生物種として認められたのは、2400年だ。
西洋妖怪が出現したのも、羅刹が結成されたのも、この世紀になって間もない頃である。
つまりこの頃に、こういった生物が存在することを裏づける事件があったと推測される。
「西洋妖怪がはびこるようになって十年。
その時、われわれ日本人に手を差し伸べた、驚異的な力を作り出す薬品……。
あれは、“彼ら”が教えた技術だ」
鬼門はいつも通りの冷徹ぶりだったが、この時は、どこか心苦しそうでもあった。