羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 西洋妖怪がこの日本列島にはびこるようになると、日本固有の怪物―――“あやかし”たちは大変慌てていた。

 魂と肉を主に好む西洋妖怪とは違い、

“あやかし”の大半は、人間がもたらす“恐怖心”と“欲望”、もしくは人と同じく米や野菜、そして時に“死肉”を喰う。

 しかし、西洋妖怪が上陸してから、彼らによる捕食によって日本人は劇的に数を減らした。

それにより、以前まで豊富だった妖の“食糧”もめっきりと減り、とうとう彼らの世界に、食糧難の時代がやってきた。


《これは、どうにかせねばならぬのう》


 子供の姿をした妖の総統・空亡(そらなき)が、考えた末に、人間を利用して西洋妖怪を駆逐しようという策案をだしたらしい。


《各山々の鬼どもを、ここへ》


 空亡は、日本全土の山から、そこに棲みつく“鬼”を数匹、異界の龍宮に呼び寄せた。

いづれも聡明で、物わかりが良い方の鬼だった。

そうして呼び召された鬼たちは、空亡に統率されながら夜の荒廃した国会へと足を踏み入れたのだった。


《邪魔をするぞよ……》


 地下に隠れていたものたちに、空亡はそう言い放ったそうだ。


 彼の提案は、こうだった。






―――妖の中でも最高位の力量を誇り、かつ、人間の血液にもっとも適合しやすい“鬼の血液”を、人体に投与する。






 それにより、投与された人間は、脅威的な力を身につけることができるという。

もともと、この列島に住まう日本人の血は、妖の血と相性がいいとも言われている。

 その原案を空亡に提示したのは、妖の賢者・白澤(はくたく)であった。



《―――人を使え》



 西洋妖怪を相手にすると、どうやら妖でも分が悪いという。

 形態によっては、強くても小柄で遅鈍だったり、頭が悪かったりするものも多いため、ばかに破壊力の高い西洋妖怪を相手に、まともにやりあえる気がしなかったのだそうだ。

 そこで、人間を利用することを考えついた。

 鬼は筋肉の重さやなんだで、自慢の俊敏さを失い、怪力しか発揮できないでいるが、人間の体型は、鬼の脚力を生かして素早く動くのに適している。

もし人が鬼の力を手にいれたとしたら、それはもう、鬼の怪力と俊敏さを兼ね揃えた、完全な形となるだろう。


 当初、人間の医学者は鼻から信じる気などなかったが、伝説に聞く妖怪たちが実際に存在するのだということを知り、試す価値はあると踏んだ。


 ……そして、白澤の思惑通りになった。


 鬼の血は腐敗することはなく、いつまでも長持ちした。

しかも鬼の血液に対して、人間の血液はなんの反応を起こすことなく、すんなりとその血を受け入れ、結合したのだった。



 これが、羅刹誕生の秘密である。






< 208 / 405 >

この作品をシェア

pagetop