羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
しかも、思い返せば不自然なことだったが、酒童の周囲には大人しかいなかった。
固い空気が漂う、高いビルのような建物の中。
酒童は探検のつもりで歩き回ったことがあったが、どこへ行っても、そこには白衣や羅刹の装束、スーツを身に纏った大人が歩くばかりだった。
子供が、どこにもいない。
若干8歳前後にして、酒童は幼いながらに薄々勘づいていた。
“ここには他人しかいない”
きっと、身内という存在が、ここにはないのだ。
絵本で見た、「お父さん」と「お母さん」という人物が。
それでも当時の酒童は、そんなことは悲哀ではなく、「なんで?」という謎にしかならなかった。
だから聞いて見た。
《お父さんは?お母さんはどこ?》
そのとき担当の保育士は、にこりと天使のような顔で笑って、
《ここにはいないけど、ちゃんとあなたのことを見てるわよ》
と、言った。
いま思えば、それは俗にいう「綺麗な嘘」だったのだろう。
あなたに父と母はいない。
そう言えなかったに違いないだろうが、彼女が言ったことは、あながち間違いではない。