羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
1
酒童は息を飲んだ。
心拍数が心なしか上昇している気がする。
こめかみを嫌な汗が伝う。
「人間に戻れない……?」
酒童は自分で言葉にしてみて、絶句した。
自分は生まれた時から人間のつもりだった。
それを突然、急に「人間ではない」も同然のことを明かされては、頭がこんがらがってしまう。
整理ができない。
酒童は声を震わせた。
「じゃあ、その。
俺は俗にいう“半妖”という奴で……純粋な人間ではないと」
「受け入れがたいとは思うが、これは事実だ」
鬼門に代わり、地区長がやや穏やかになっていう。
事実だということは、酒童も承知だ。
ただ、これは願望だが、酒童は心底ではその事実を否定して欲しい思いがあった。
「なら、人を、喰うっていうのも……」
「それも同じだ」
地区長の言葉は穏やかだったが、重くのしかかるような重圧があった。
酒童は手が震撼するのを感じる。
背中の肌が粟立って、血の気がどんどんと引いて行く。
瞬いた時に目に映る闇に、ぼんやりとおぞましいものが見えた。
黒い肌を濡らす赤黒いものと、それが広がってできる、池、池、池……。
がたり、と。
酒童は机から身を乗り出し、毫末ほどの余裕もない表情で鬼門に詰め寄った。
「どうすれば、本能の再発を阻止できるんですか」
この力に乗っ取られる瞬間、自分にまともな意識はないことはわかった。
そして、いつそれが起こるか分からないことも、知った。
そうなった時、いちばん危険にさらされやすいのは、普段から一緒にいる者だ。
羅刹の仲間たちなら、集団でかかれば鬼の力に太刀打ちできるかもしれない。
しかし、もし相手が、羅刹よりずっと肌の柔らかい“人間”だったら……。
真っ先に浮かぶ顔があって、身震いする。