羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「それを肌身離さず、首につけておきなさい。
風呂の時でもです」
「これをつけてれば、再発は免れるんですか?」
「いいえ、鬼の本能の力は、たかが人の技術では滅殺できません」
あっさりと否定され、酒童は落胆する。
「けれども、鬼の血に抵抗する呪力が、それには込められています」
「と、いいますと」
「抗ガン剤のようなものですよ。
本能による暴走を最小限に抑えるのです。
その人間の意識が鬼の本能に支配されないように。
まあ……退魔の呪物なだけあって、もれなく魔物に苦痛を与える副作用がついてきますが」
鬼になる確率は低くなる。
その代わりに、鬼の血と呪法による力のぶつかり合いで、自分の体に激痛が走るだろう。
鬼門はそう言いたかったのだ。
「大丈夫です、耐えるくらいなら」
「本当に?」
酒童をぎろりと睨みつけ、鬼門は太い声で追求した。
「たとえ死ぬほどの激痛に襲われたとしても、いっそ楽になれと内なる自分が囁きかけたとしても。
あなたは、鬼に呑まれない自信と精神力がありますか?」
問われて、酒童は人狼と一戦を交えた夜を想起する。
そういえばあの時誰かに囁かれた。
子供の声。
それが自分に、鬼になれと促した。
そして自分は、それにやすやすと流された……。
「―――」
首を垂れる酒童に、さらに鬼門は、矢継ぎ早に忠告した。
「この首飾りの効力は、完全に再発を阻止できるというわけではありません。
たった数分の苦痛に耐えきれず、少しでも楽になろうと鬼に成り果てたもの。
それで人を殺しかけた者も多くいます」
「社会問題には、ならなかったんですか」
「揉み消される、というやつです」
呼吸をするように、鬼門は衝撃の真実を述べていく。
酒童には一瞬、鬼門の右眼が冷酷に光を消したように見えた。
「じゃあ、俺の心次第では……」
「鬼になるのもあり得るということです。
……あなたにとっての、大切な人々の生殺与奪権は、あなたが握っているも同然なのですよ」
気を抜けば、一瞬で周りの人を殺してしまうと思え。
鬼門の忠告の主旨は、それなのだ。
酒童は青ざめる。
青ざめてから、うまく息が吸えないのを感じる。
「……わかりました」
酒童は力強く言ってみせた。
手の内に食い込む爪は、もう長く伸びてはいなかった。