羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》


 さらに歩いて、しばらく経ち。

酒童は自宅の部屋の前に立ち止まった。

ここは設立されてから20年はたつ建物だが、その部屋のドアは驚くほどに白かった。


「……」


 酒童は唇をもごもごと動かし、なにか言いたげに佇んでいた。

 いつもの部屋。

 住んでいた部屋。

 住んでから、もう2年はたつ部屋。


 なのに。


(何で、こんなにも……)


 入りにくいのだろう。

 家に帰るのに、なぜ、こんなにも心苦しいのだろう?


 自分でもわかり切っていることを、自問する。

酒童のためらいようは、まるで初対面の人間の部屋へとお邪魔する前のようであった。


 酒童は首にかけた“玉鋼製の柊”に触れる。

 これの効力は大きい。

しかし、これですべてがうまくいくとは限らない。


 1000メートル先の標的を撃ち抜く猟銃でも、弾が詰まることはある。

 使い慣れた刃でも、硬い肉の筋を切れない時がある。


 同じだ。


 どんな魔物にも打ち勝つ呪具であろうと、食い止められない事例もある。


(……)


 とこ、とこ、とこ。

 陽頼が部屋を歩き回る足音が、耳に柔らかく滑り込んで来る。

 酒童は深く視線を落とす。


 呪具でも食い止められないこの本能は、いうなれば、いつ爆発してもおかしくない不発弾だ。


 酒童には、陽頼だけでもその不発弾から守る方法があった。



 ただ、酒童には少し―――いや、だいぶんデメリットになるが。


 最悪の事態よりは、ましというものだ。
 






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