羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》


 決心してドアノブに手を伸ばすが、その手が瞬く間に黒いコブに覆われていくように思えて、なかなか踏み出せない。


「っ……」


 いつまでも尻込みしていた酒童だったが、その刹那、酒童の鼻先をドアの平たい部分が強く叩いた。

室内からドアが開けられたのだ。


「ぐえっ」


 ばったり、と。

 開けられたドアになぎ倒される酒童を、部屋から出てきた陽頼が丸い目で見下ろした。


「あーっ、嶺子くん!」


 目を回して床にのびている酒童を発見し、陽頼はしゃがみこんでその肩を揺すった。


「大丈夫?」


 ゆっさゆっさと起こされて、酒童は呻きながら、「大丈夫」と返した。


「よかったぁ」


 陽頼は笑ったが、どこかその笑顔と裏には疲労感らしきものが浮かんでいた。

陽頼の涙袋に、小さなくまができている。


(寝なかったのか)


 原因は明々白々。

 酒童が昨日からいままで帰ってこなかったからだ。


「あの……」


 酒童は、鬼門の口から語られたことを、包み隠さず明かそうとした。

 した、が。


「ん?」


 陽頼のまっすぐな目に射抜かれると、酒童は口をつぐんでしまった。


「……ごめんな。
いろいろあって、ずっと仕事に残ってたんだ」


 酒童はたまらず嘘をつく。

 陽頼はそこで豪末ほど僅かに眉をひそめたが、それを拭い去るように、


「昨日ね、お婆ちゃんのとこでゴロ芋買ってきたの。
まだあるから、一緒に食べよ?」


 と、幼気な少女のように笑いかけた。






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