羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
3
酒童は鬼だ。
人を食う鬼一族の、末裔だ。
それでも―――このゴロ芋を“おいしい”と思うのは、人間も妖も同じなのだ。
酒童は日常の楽しみのひとつを、じんわりと味わった。
しかし、夕食を終えて、皿の片付けをひととおり終えてしまうと、酒童はやることをなくした。
ふと目の端に、ヤカンの金属特有の光沢に映った自分の姿が飛び込んでくる。
それに映った自分の目が、闇の中で翠に光ったように見えた。
暖かな色の電気の下、酒童は怖気に身を竦ませる。
「どうしたの?」
硬直した酒童に異変を感じたのか、ヤカンを手にとって湯を沸かし始めた陽頼が声をかけた。
我に返り、いや、と酒童は首を左右にやった。
「陽頼はもう風呂はいった?」
「入ったけど……」
「ん。じゃあ、俺も入ってくるわ。
まる2日入ってなくて、頭べとべとなんだ」
酒童は、さらりと揺れる髪を無理にぐしゃぐしゃにしながら、そこから尻尾を巻いて逃げ去るように浴室へと向かった。
浴室の戸と鍵を閉め、酒童は装束の右腕の袖が、肘から先にかけて途切れているのに気付く。
くくり袴も、左脚の膝から先がない。
あの時、片腕片足を人狼にもぎとられた。
そのなくなった装束の一部が、それを神妙に物語っているのだと、酒童は思う。
それなのに、なくなったはずの手脚は、傷跡に至るまで元通りになっていた。
羅刹をも凌ぐ、異様な再生能力の高さだ。
“お前が鬼に生まれたおかげだ”
完治した傷が、酒童にそう言わしめているようだった。