羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 自分をこんなにも―――「死ねばいいのに」と思ったのは、生まれてはじめてだ。

 腹の底から尽きることのない冷たい感情が、こぽこぽと泡を生みながら湧き上がってくる。


 冷水で冷やした包丁の刀身に酷似している。


 ひやりとしていて、軽く刃に触れると、不思議と背中の毛が逆立つ。


(俺は人間だ)


 無理に言い聞かせ、酒童は熱い湯船に身を沈めた。


 俺は人間。俺は人間。俺は人間……。

 俺は……。


 酒童はわからなくなった。

 不意に喉仏に手をやり、首筋をなぞる。



『鬼に横道なきものを‼』



 どこで見たのだろうか。

 古典を面白おかしく解説する本で、紹介されていた古代日本の、鬼退治の逸話だ。


 たしかその古典の話では、最終的に鬼の頭領は首を斬られて死んでしまう。


 西洋妖怪の末路に似ていると、酒童は思った。

 昔は、百鬼羅刹こそが人間の敵だったのだ。


 結局、昔の妖は西洋妖怪と五十歩百歩だったのだろう。


 そして自分は、首をかられてきた敵の血を引いている。


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