羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



4


 浴室から出てきた酒童は、儚げなBGMの流れるドラマに顔を向ける陽頼をみつけた。


《―――……っ》


 主人公が走って、ヒーローらしき青年を追いかける。

 涙を流しながら走るコート姿の女の顔が映し出される。

 陽頼はそれに夢中なのか、こちらの気配に気づいていない。


 陽頼の真白い頬が、気温の低下からか、仄かに紅くなっている。


 血の気が良さそうだ。


 酒童は不覚にも、そんなことを思う。

 その薄い皮の下に、どれだけ柔らかい肉があるのどろうか。

 どれだけ、塩気のある血が流れているのだろうか。

 嫌だと思っても次々と泡沫のごとくに情景が浮かぶ。

 酒童は頬を軽くつねる。

 テレビの中で青年がトラックに撥ねられると、その亡骸を女が抱く。


《ごめんね……あなたはもういないのに……》


 好きって言えなくて、ごめんね。

女は涙を流しながら、その額を骸にこすりつける。

 すると、急に回想シーンになったのか、響きのある声が聞こえてくる。


《だいじょうぶ、もう離さないよ……僕はずっと君のそばにいる。

ほら、いまも……


お前の腕になぁぁぁ‼》


感動したのも束の間。

血まみれの青年の亡骸が悍ましい顔つきになり、なんと女に襲いかかったのだった。



《きゃあああぁーっ‼》


「ひっ」



 女と陽頼の悲鳴に、酒童はギョッとする。


 どうやらこれは感動ものではなく、純ホラードラマだったらしい。




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