羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》




 怒りからか、はたまた別の感情からか、陽頼は顔を梅干しにして言い募る。

 浮気が原因で別れるのも最悪の事態だが、陽頼にとっては、どうやら浮気で別れた方がずっとましらしい。


「だって、そういうので別れるなら、辛くないもの。
どっちかが悲しくなるだけで済むもの。

……でも、お互い好きなのに別れるなんて、納得できない」

「陽頼……話聞いたろ。
俺と一緒にいちゃ、いつ死んでもおかしくないんだぞ?
そんなの嫌だろ?」

「その時は食べちゃえばいいよ。
……私のこと」


 陽頼が衝撃の発言をする。

 ぎょっとし、酒童は勢い余って「なにいってんだよ」と声を高くする。


「どう考えたって……いいわけがない」


 酒童は想像するだけで寿命が縮みそうだった。

 自分の手で、どんなものにも代えがたい人を壊すくらいなら、酒童は崖から身を投げるだろう。

 それで死ねるかどうかは別にして。


「嶺子くんと別れる方が嫌」

「わがまま言うなよ」

「やだ」


 陽頼は何年かぶりに駄々をこねる。

 しかしいま論争していることは、昔のように、どこに行きたいかとか、何をしたいかとか、そんな程度の話ではない。

 命に関わる話をしているのだ。


「あのなあ……」


 お前、大昔の映画のさ……《○ョーズ》って見たことあるか?

言わばあんな風に、血まみれになって死ぬかもしれないんだぞ?


 そう口にしかけたが、そこで、不意に陽頼が酒童を抱き寄せる。


 陽頼の胸元に顔が埋まる。

 ごつっ、と。

 平皿を胸板に乗せたような身体だったが、それでも、いまだ踏み込んだことのない場所に触れて、酒童は仰天した。


「ふ、っ……⁉」


 大人にしては未発達な胸に抱き寄せられたまま、酒童は何が起こったのか理解に困り、某然とする。


「……ね?大丈夫でしょ?
なにも起こらないでしょ?」


 陽頼の声が降ってくるが、酒童はうなづくことさえままならない。




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