羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「そりゃあ、高をくくったようなこと言ってるかもしれないけど……ちゃんと抑える薬があるんでしょ?」
緊張のあまり呼吸をすることさえ忘れかけた酒童に、陽頼は言う。
この体勢のままというのもすこぶる恥ずかしいので、取り敢えず酒童は、そっと陽頼を引き剥がす。
「……あるっちゃ、あるんだけどさ……」
「なら大丈夫だよ。
腹痛を小麦粉で治すのとおんなじ。
これで安心、って思ってれば、ぜーったいに効くから」
ぐしぐし、と。
陽頼は袖で目をこすると、再び幼い笑顔になり、
「ほら、早く髪切っちゃおうよ」
と、椅子の背中に回ってうながした。
陽頼が言っているのは“プラシーボ効果”の例ではないだろうか。
「これは腹痛に効く薬だ」といって患者に小麦粉を飲ませたところ、心からそれを薬だと信じていた患者は、本当に腹痛がおさまってしまったという。
プラシーボ効果……陽頼からすれば、要は「信じていればなんとかなる」と言いたいようだ。
「そんな……」
そんなうまくいくはずが。
言いかけるが、そこでしゃきしゃきという音がし、目の端には落とされた自分の髪が映る。
「刈り上げは前にもあったもんね。
やっぱり今時風に無造作ヘアかなあ」
陽頼は先ほどの話など綺麗さっぱり忘れたように独り言を漏らしつつ、さくさくと髪を落としていく。
あのさ、話忘れてねえ?
これ、けっこう重要な話なんだけど。
話を戻そうとする酒童だったが、そこで、
ざっくり、と。
無数の髪が一挙に切り離される音と、その感覚がした。
「あ、やらかしちゃった」
どうやら陽頼は、天野田の二の舞を演じたらしい。
「ごめん!
おかっぱになっちゃった!」
合掌し、陽頼は女の子のような髪型を変えるべく、ハサミで余分に長い髪を切り落としていく。
―――いや、俺は大丈夫だよ。
髪なんて、伸びりゃあどうにでもなるし。
……これがいつもの会話なら、自分はこんなことを言っていただろう。
酒童はぼんやりと、そんなことを思った。
鮫のいるプールで泳いでいるような状況下にいるのに、陽頼はやはり、最終的には呑気だ。
余裕のない自分とは、違って。
そこで、酒童は小さくはっとする。