羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
もし、自分が陽頼だとしたら、相手が化け物だと聞かされれば、驚愕の次に身の危険を感じただろう。
陽頼のように、絶対に別れたくない、とは言わないはずだ。
けれど陽頼には、それができた。
こんな自分なんかと、例え化け物でも一緒にいたいと腹から言った。
今だって、陽頼は酒童に毫末ほどの恐怖さえ抱かず、そばにいる。
「……あ」
ぽかんと口を半開きにした酒童は、その刹那、口内に塩気のあるものが入ってきたのを感じた。
先ほどまで、陽頼の頬を伝っていたそれだった。
それは信じられないほどに熱い水だった。
物心がついて初めて、これが眼から出てくるのを体験した。
なぜこんなものが、いまこの場で出てくるのかは分からない。
これは悲しい時や痛い目にあった時に出るものだと認識していたが、別に酒童は悲しいわけでも、痛い目にあっているわけでもない。
(なんで?)
酒童の頭は謎に包まれた。
訓練生のとき、どれだけ厳しい訓練があっても、高校生のとき、周囲から異色の目を向けられても、決してこんなものは出なかった。
が、いまはその時のように、喉を突くような苦しさもない。
とくとくと、なにかが心の臓を優しく脈打たせる。