羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》





『嶺くん、誕生日はなにが欲しい?』


 鬼門曰くの、研究棟にいた当時の話だ。

 もっと言ってしまえば、酒童がまだ5、6歳になる頃である。
 
 担当の保育士か、もしくは臨床心理士といったところの女が、酒童嶺子の目線までしゃがみこみ、そう問うてきた。


『なんでもひとつだけ、プレゼントしてあげる』


 天使のように、彼女は微笑んだ。

 もちろん、鬼の子・酒童といえど、人の子と同じように、人の子ならではの欲しいものはあった。


 自分が力一杯に蹴っても、決して破裂しないサッカーボール。

 鋼鉄でできた、二度と首の折れない着せ替え人形。

 どれだけの力で握っても、一生壊れないミニカー。


 欲しいものはあった。

あったが、その時の酒童にはそれらとは別に、とても欲しいものがひとつあった。

 童話集を綴った絵本に記載されていた、太陽の童話。
 
 寒がっている動物や人間、植物がいると、頬の照った優しげな容貌の太陽は、にこにこと笑顔で日差しを与えてくれる。

 そんな太陽に、酒童は一時的に憧れた。


『“おひさま”が欲しい』


 酒童は迷いなくそう伝えた。


―――その後日、酒童の手には、顔のついたお日様のぬいぐるみと、太陽系の図鑑が渡された。

 包装紙に丁寧に包まれたそれを破り、期待に胸を膨らませていた少年の落胆は、期待はずれのものに肩を落とす、並の少年と同じくらいのものだった。


 確かに、顔のついた太陽のぬいぐるみは、温度調整のされた部屋の中では温かかった。

 しかし、北風の吹き荒れる外に連れ出せば、それは一気に熱を失い、ただの冷たいぬいぐるみと化した。


 図鑑もだ。

 図鑑で見た太陽は、酒童がかつて憧憬の念を抱いたものではなく……

踏みいる者すべてを焼き尽くす地獄の業火の塊だった。

 寒さに震えるものを助けてくれる優しい太陽は、どこにもなかった。


 お日さまが欲しい、など、今思えばくだらなく、しかも無茶すぎるワガママだったのかもしれない。




< 260 / 405 >

この作品をシェア

pagetop