羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
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『嶺くん、誕生日はなにが欲しい?』
鬼門曰くの、研究棟にいた当時の話だ。
もっと言ってしまえば、酒童がまだ5、6歳になる頃である。
担当の保育士か、もしくは臨床心理士といったところの女が、酒童嶺子の目線までしゃがみこみ、そう問うてきた。
『なんでもひとつだけ、プレゼントしてあげる』
天使のように、彼女は微笑んだ。
もちろん、鬼の子・酒童といえど、人の子と同じように、人の子ならではの欲しいものはあった。
自分が力一杯に蹴っても、決して破裂しないサッカーボール。
鋼鉄でできた、二度と首の折れない着せ替え人形。
どれだけの力で握っても、一生壊れないミニカー。
欲しいものはあった。
あったが、その時の酒童にはそれらとは別に、とても欲しいものがひとつあった。
童話集を綴った絵本に記載されていた、太陽の童話。
寒がっている動物や人間、植物がいると、頬の照った優しげな容貌の太陽は、にこにこと笑顔で日差しを与えてくれる。
そんな太陽に、酒童は一時的に憧れた。
『“おひさま”が欲しい』
酒童は迷いなくそう伝えた。
―――その後日、酒童の手には、顔のついたお日様のぬいぐるみと、太陽系の図鑑が渡された。
包装紙に丁寧に包まれたそれを破り、期待に胸を膨らませていた少年の落胆は、期待はずれのものに肩を落とす、並の少年と同じくらいのものだった。
確かに、顔のついた太陽のぬいぐるみは、温度調整のされた部屋の中では温かかった。
しかし、北風の吹き荒れる外に連れ出せば、それは一気に熱を失い、ただの冷たいぬいぐるみと化した。
図鑑もだ。
図鑑で見た太陽は、酒童がかつて憧憬の念を抱いたものではなく……
踏みいる者すべてを焼き尽くす地獄の業火の塊だった。
寒さに震えるものを助けてくれる優しい太陽は、どこにもなかった。
お日さまが欲しい、など、今思えばくだらなく、しかも無茶すぎるワガママだったのかもしれない。