羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
(仕事すっぽかして、なにやってんだ俺は……)
すっぽかした、というが、上司命令で謹慎が出ているのだから、むしろ仕事に出てはならない。
しかし昨晩のことを思うと、たしかに「なにやってんだ」と思いたくなるのも当然である。
すると、
「おはよ」
と。
背後から急に肩を叩かれたので、酒童は思わず飛び上がる。
振り返れば、そこにいたのは先ほどまで布団の中にいた陽頼であった。
もちろん、寝巻きを着ている。
酒童とは違い、陽頼は昨晩のことなどすっかり忘れたように、元気いっぱいのである。
「あ、おはよ……」
「眠れた?」
「ああ、まあ……」
陽頼と話すと、どうしても、あのわずかな間の事を想起してしまい、そちらに気を取られて曖昧な返事しかできなくなる。
天野田にあれだけ“童貞”と笑われる理由も、この時なら、なんとなく理解できる。
たしかに、自分は童貞かもしれない。
隣でふあふあと欠伸をかいて、陽頼は
「さすがに6時半は寒いなあ」
と呟き、肩をさすりながら冷蔵庫の中を探る。
「たーまー、ご」
そう言いながら玉子を探す陽頼は、いたっていつも通りである。
やはりいつもと違う朝を迎えた気分でいるのは、酒童だけらしい。
「……俺も手伝うわ」
酒童はそう、朝でいちばんよく口にする言葉を発した。
まだ、自分を人間と思っていた日と、なんな変わらない一言であった。