羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 茨の眼には、いつしか見たあの酒童の姿が蘇る。

 強面な美顔で、剣呑な目つき。

 されど内面は謙虚で優しげな性格。

しかし、部下に甘くみられるような一面ばかりでもない。

 茨が抱いていた“見たままの破天荒な不良”という印象とはかけ離れていたが、隊員を統率するに充分な人柄だった。


 ほんの少し前まで、彼はここにいた。


 人としての姿の、酒童嶺子が。


 それでも、あの人狼襲撃事件で目の当たりにした彼は、そんな日常の姿とはかけ離れたものだった。


 すると天野田は、「それはどうかな」とことさらに響く低い声で言った。


「本当に、本能のまま暴れるつもりで、人狼を襲ったとは限らないよ」

「と、言いますと?」

「……酒童くんはね、優しすぎる人なんだよ」


 たしかに酒童の性格は天野田の言うことに当てはまっているが、本件とはまったく関係のない台詞である。

 茨が首をかしげていると、天野田はさらに続ける。


「自分より弱い人、例えば一般人やご老体、女性や幼い子供には絶対に手をあげない。
そうでなくとも、彼は人よりも遥かに強靭な羅刹である君たちに対しても、一般人と同じように接しているだろう?」

「それって、誰もがして当然のことじゃないんですか?」

「そうだ。
彼はいわば、人の綺麗な部分だけを集めたような人柄なのさ。

……だから私は、彼の性格を考えてこう推測したんだ」


 そこで、天野田は人差し指をピンと立てる。


「彼は人狼を殺すために暴れたんじゃなくて。

……部下(きみ)たちを守るために、したくもない“殺し”をしたんじゃないかな?」




< 271 / 405 >

この作品をシェア

pagetop