羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
茨の眼には、いつしか見たあの酒童の姿が蘇る。
強面な美顔で、剣呑な目つき。
されど内面は謙虚で優しげな性格。
しかし、部下に甘くみられるような一面ばかりでもない。
茨が抱いていた“見たままの破天荒な不良”という印象とはかけ離れていたが、隊員を統率するに充分な人柄だった。
ほんの少し前まで、彼はここにいた。
人としての姿の、酒童嶺子が。
それでも、あの人狼襲撃事件で目の当たりにした彼は、そんな日常の姿とはかけ離れたものだった。
すると天野田は、「それはどうかな」とことさらに響く低い声で言った。
「本当に、本能のまま暴れるつもりで、人狼を襲ったとは限らないよ」
「と、言いますと?」
「……酒童くんはね、優しすぎる人なんだよ」
たしかに酒童の性格は天野田の言うことに当てはまっているが、本件とはまったく関係のない台詞である。
茨が首をかしげていると、天野田はさらに続ける。
「自分より弱い人、例えば一般人やご老体、女性や幼い子供には絶対に手をあげない。
そうでなくとも、彼は人よりも遥かに強靭な羅刹である君たちに対しても、一般人と同じように接しているだろう?」
「それって、誰もがして当然のことじゃないんですか?」
「そうだ。
彼はいわば、人の綺麗な部分だけを集めたような人柄なのさ。
……だから私は、彼の性格を考えてこう推測したんだ」
そこで、天野田は人差し指をピンと立てる。
「彼は人狼を殺すために暴れたんじゃなくて。
……部下(きみ)たちを守るために、したくもない“殺し”をしたんじゃないかな?」