羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
声のする方で―――柔道場の物置の方で何が起こっているのか。
青木は分かった。
先ほど駆けていった彼が何をしているのかも。
青木はその悲鳴から逃げるように耳を塞いだ。
物置にいた彼らは、いちばん、それを見られてはいけない相手に見られてしまったのだった。
少年……この頃の朱尾仁志生は、過激なまでに正義感が強い。
動物に対する無益な非道にだって義憤する少年である。
“いじめ”などというものはご法度だ。
たとえ暴力に任せてでも止める。
それが彼のやり方なのだろう。
基本“女や年下には手をあげない”と朱尾は言うが、それはあくまで“何もしていない人”限定の話らしい。
女子訓練生の悲鳴と、骨の砕ける音を聞くに、どうやら今回の彼は女性にさえ容赦をしていないらしい。
間も無く教官がやってきた時には、それはもう、惨状としか言いようのないことになっていたそうだ。
綿が飛び出て使い物にならなくなった白いマットには、返り血らしき血痕がこびりつき、男は骨折という大怪我を負わされ、女までもが、顔にあざができるという大惨事であった。
もちろん、彼らが羅刹訓練生であったおかげで、1週間後には女子訓練生たちの顔は元どおりになった。
男子訓練生はさらに数日ばかりで完治したという。
ひとりの少女に対し、数人がかりで強姦未遂にまで踏み込んだのだから、むしろこれくらいの怪我は然るべきものである。
しかし。
「やりすぎだ!」
咎められたのは朱尾だった。
朱尾も当然ながら無傷ではなかったが、彼らが朱尾に負わされた傷と比べれば、ずっと軽いものだった。
ゆえに、いじめの主犯格である男子訓練生などそっちのけで、いちばんの加害者は朱尾ということになった。
「なにがやりすぎなんですか?」
頬に湿布を貼った朱尾は、飄々とした面でそう言ったらしい。
「あいつらが弱かっただけですよ。
弱いから、負けたんじゃないんですか?」
朱尾はそんな獣の常識を、人間の喧嘩沙汰に持ち出した。
本能より理性を重んじるべき人間とは、到底思えぬ発言であった。