羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「……嘘だな。
お前にそんなことができるわけねえ。
仮にできたとしても、俺は女にだって手をあげられるんだぜ。
いまお前を軽くつき飛ばせば、呪文なんざ唱える暇なく、床に伸びちまうんじゃねえの?」
「朱尾くんには、できない。
たぶん、する気だってさらさらない」
青木は断言した。
「私は、あなたならしないって、高をくくってるから」
青木は言った。
すると、朱尾はしばらくして、
「……はあー……」
と、力尽きたようにベッドに倒れこんだ。
「……なあ青木よお。
お前さ、いつからそんな図太い女になったんだ?」
ベッドに寝転がると、朱尾は先ほどよりいささか柔らかな声色になった。
再開してからは、一度も聞いていないものだった。
その豹変ぶりに、青木はひどく狼狽して肩をすくめた。
「え」
何年ぶりだろう、このような調子の彼を見たのは。
そこにあったのは、特定の人物にのみ冷酷で非情、されど普段は正直者で以外にも義理堅い元少年の顔だった。
憑き物が落ちたようである。
朱尾は上半身を起こすと、「いいか?」と青木の鼻に人差し指を突き立てた。
「……俺は、馬鹿だからな。
でもって正直だから、一生話さないと決心してたことを、友人にうっかり喋っちまった。
……そういうことにしとく」
朱尾は胡座をかいて言った。
「本当は、お前にはいちばん話したくなかったんだけどなあ。
よりによって、そんな奴にしてやられた。
そんな顔で脅されちゃあよ、こっちだって決心揺らいじまうだろ」
まっすぐに見据えられ、青木はたじろいで身をちぢこめる。
朱尾の表情は、荒んだヒグマのようでありながらも優しげだった。