羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「クソチビの言うとおりです」
榊は一歩でて、朱尾に向けて挑戦的に顎を上げた。
「それに俺たちは、慕っていた人物の正体が怪物だったくらいで、手のひら返して裏切るほど、薄情じゃありませんよ」
別に酒童は、榊たちのことを薄情者と思ったわけではない。
むしろ自分から離れて行くのが正常な判断だろう。
しかし人外の力を手に入れた羅刹なだけあって、どうやらここにいる者たちは肝が据わっているらしい。
「ほらね。
みんな気味悪がったりなんてしないでしょ?」
天野田は勝ち誇って、酒童の肩に手を置く。
「確かに、君はイケメン混じりの強面のくせに、喧嘩できないどころかコミュニケーション能力に乏しくて、かなりとっつきにくい。
優しいのに積極性に難がありすぎるし、MなのかSなのかもはっきりしない優柔不断でバランスが悪い性格だ。
それでも君が嫌われないのは、そんな人を寄せ付けな人物ながらに、仲間を想って、引っ張ってきたおかげだ。
なにせ、私だって君の性格に呆れてたけど、絶交するのは嫌だと思えるからね。
君の愛しい愛しいお嫁さんは、そんなことも言ってくれなかったわけ?」
天野田の手は、当然のことだが血が巡っていて温かい。
酒童は眼前に立つ仲間たち全員と眼を合わせながら、酒童は胃を締め付けていた糸がほどけたような気がした。
自分はなにを怯えていたのだろう。
鬼の血などに、なにをそんなに怯えていたのだろう?
よくよく考えてみれば、この柊の首飾りの効果だって、自分が耐えればなんとか持つであろうものだ。
自分が苦痛を味わって耐えれば、陽頼も仲間たちも傷つけることはないだろう。
「……か、った」
酒童は鼻を幾度となく啜り、勢いよくうつむき気味だった顔をあげた。
「俺は、やる。
どんだけ苦しい思いしても、絶対に鬼にはならねえ」
酒童は、仲間にと言うよりは自分に命ずるように言葉にした。
(この血にだけは、誰も殺させねえ)
みんな、俺が護る。
誓った酒童の肌は、日本人らしい黄色だった。