羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
十五:鬼門班長
*
背後で響く絶叫。
俺は振り返ることができなかった。
絶叫の元である、彼女の子供を腕に抱えて、俺は戦慄に顔を彩らせながら走る。
走る。
走る。
走る……。
決死の覚悟で後ろを振り向くと、倒壊した家の向こうには、うっすらと体が透けた、大型の蜥蜴が佇んでいる。
鋼鉄の鱗に覆われた蜥蜴の化け物に立ち向かおうともせず、俺は尻尾を巻いてそこから逃げ出した。
羅刹ともなれば、どんな窮地に陥ろうとも、一般市民を西洋妖怪から守り抜かなくてはならない。
それを、俺はしなかった。
―――息子だけでも助けて、と。
そう懇願してきた母親の言葉に、情けないことに、俺は従ってしまったのだった。
もともと俺は気が小さくて、真っ向勝負よりも奇襲に向いていた。
だから、先ほどなような、複数の西洋妖怪に囲まれた状態で、一般市民を守りながら討伐を行うというのは、非常に困難なことだった。
ごめん。
ごめん、レイジ……。
君のお母さんを、助けられなかった。
俺は腕に抱いた赤ん坊に、何度も謝った。
俺はこの時、生まれて初めて“生き恥”を知ったのかもしれない。
今まで、人との馴れ合いを重視し、戦うことより馴れ合うことを優先してきた。
より、痛い目に遭わず困難を避ける方法。
そればかりを見ていた。
……それが間違いだったのだ。
西洋妖怪には、人が持ちうる“理性”というものがない。
さこそ、今までは騙し討ちでどうにかなったものの、いざ正念場の戦いとなったら、西洋妖怪には勝てない。
俺は、ぬるい世界でぬるま湯に浸かっていた己を恥じて、走った。
そして仲間がいる地区へと向かったのだった。