羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



「そこまで言わなくてもいいだろうが」


 酒童はすかさず反抗する。

 すると、天野田が大股で酒童の許へと踏み込んで、挑戦的に胸をそらせた。


「どうせ、まだキス止まりなんだろう?
大人としての一線も越えられない君なんて、立派な童貞だよ」


 天野田の暴言は、いちいちグサリとくる。


(……俺がなにをした?)


 口には出さないが、せっかく気を遣って言ってやったのに、

天野田は、童貞だのキス止まりだのと、やたら恋愛絡みの悪口を飛ばしてくる。


 お前なぁ、ちょっと酷すぎやしねぇか?


 そう言ってやろうとした刹那、酒童の鼻孔を、香水特有の刺激ある香りがくすぐった。


「香水の臭い……」


 無意識に呟く。

羅刹は嗅覚にも優れるので、ほんの僅かな匂いでも、羅刹の鼻は敏感に嗅ぎあてる。


 その香水の香りは、天野田から漂っていた。


「なあ天野田。
お前、ちょっと香水強すぎじゃね?
すっげえ臭う」

「私は香水なんてつけちゃいないよ」


 首をかしげて、天野田はあっさりと否定する。

それでも彼の身体からは、鼻をまさぐる、艶かしい花の香りがした。


 天野田は自らの腕に鼻を当てて、


「ああ、そうか」


 と、吐息をついた。


「残り香、というやつだよ」





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