羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
1
いくら人外の速度で走る羅刹といえど、どこへ行くにも自分で走って行く、と言うわけではない。
羅刹の主な移動手段は、徒歩も含めて一般市民と変わらない。
運転免許を取得しているものは、一般市民と同様に車も持っている。
酒童は誰のものか分からない車の助手席に、肩を縮めて座っていた。
鬼門は神妙な面差しで、ハンドルをせわしなく指でつつきながら、信号が青に変わるのを待っている。
車を運転しているのは鬼門であるが、この車は鬼門のものではない。
なぜなら、鬼門は普段、徒歩で出勤する。
それでも運転免許は取得しているらしく、慣れたふうにハンドルを握っている。
「……」
閑静な車内には、鉛のような威圧感が漂っている。
拠点から出て、古びた町を抜け、田畑と農家の家がちらほらと見える所まで来たが、やはり目的地の槿花山まではあと半分もある。
拠点から槿花山までは、車で20分弱といった所で、さほど遠方ではない。
しかしこの空気の中で20分も沈黙しているというのは、実に退屈だ。
だが酒童は、なんでもいいから沈黙を破りたい、という気持ちを、声にする事は出来なかった。
先ほどの口論があったからか、鬼門の顔には苛立ちが垣間見える。